第9話 幼女襲来

 ある日、森の東側からドワーフの叫び声がした。


 ただならぬ気配に、急いで隣人のもとに駆けつけると、そこには土下座する三人のドワーフと、結界の向こうに幼女の三人組がいた。




「アンタたち!どれだけ心配したと思ってんの!」


 ビシ!


 ツインテ幼女のビシ、である。可愛い。鼻血出そう。


 よく見たら、小学校中学年のようなナリに、いかつい装備、特に戦斧。もしかしなくても、彼女らはドワーフ?




 彼女らを結界に招き入れ、話を聞いてみると、やはり彼らと同郷のドワーフだそうな。しかも彼らの婚約者。従来の徒弟制度に従って、大人しく王都の親方のところに弟子入りするはずが、いつまで経っても手紙の一つも寄越さず、消息を絶ったという。親方のところに行ってみれば、弟子入りをブッチしてるわ、ドワーフ三人組の冒険者が無謀にも魔の森を目指したとか噂されてるわ。そして心配と怒りに任せて三人で魔の森まで来てみれば、呑気にドローンで遊んで大笑いしてた、と。


 あー、そりゃー君たちが悪いよ。あ、分かってんだよね。うん。


 とりあえず、しょぼくれる男たちを尻目に、今日は彼女らをうちで預かることにした。女の子三人でここまで来たのは、無謀とはいえ大変だったろうとねぎらい、軽食を勧め、お風呂を使ってもらう。こないだ買い替えて、無駄に大きいバスタブにしてあるので、小柄なドワーフちゃんたちなら一緒に入れるだろう。


 彼女らは、ジャグジーにはしゃぎ、ドライヤーにはしゃぎ、モコモコの部屋着にはしゃぎ、マカロンにはしゃぎ、ガールズトークにはしゃぎ、はしゃぎ疲れて眠ってしまった。キャンピングカー、ベッドを拡張できるタイプにしててよかった。私はソファーの方をベッドにして眠った。




 翌朝、彼女たちが起きてきて、急に押しかけてきたこと、一晩世話になったこと、婚約者たちが迷惑をかけたことなどを、口々に謝罪した。私としては、彼らが隣人になってくれたことは大変ありがたいし、また彼女らが訪ねてきてくれたことも嬉しい、感謝こそすれど謝罪していただく理由などない、と告げた。私たちは、すぐに友達になった。


 庭にテーブルと椅子を用意して、朝食に紅茶とパンケーキをご馳走することにした。ドワーフの男たちは、甘いものに一切興味がないが、彼女らは昨日のマカロンがいたく気に入ったようだ。甘いものを一緒に食べられる仲間が増えてうれしい。クリームをたっぷり添えて、ベリーソースを垂らしたパンケーキに、みんなで頬に手を当てて「ンン〜♡」ってなるのは、女子の特権である。パンケーキ好きに悪い人はいない。


 食事を終えると、軽くシャワーを浴びてお着替え。下着から何から、私が勝手に選びました。もし自分が結婚して女の子が生まれたら、一度着せてみたかったんだ、メゾピ〇〇。三人とも似たような背格好だったので、同じドレスの色違いにした。彼女らは、エウノミア、ディケ、エイレンといい、それぞれシュトゥルムとウントとドランクの幼馴染にして婚約者。たった三人で魔の森の中心地まで乗り込んでくる猛者であるが、こうして可愛いドレスを着ていると、ピアノの発表会の可愛い女の子にしか見えない。おめかしして、いざ出陣。




 彼らは焚き火の前でしょんぼりしていた。どう声を掛けて良いのか分からないようだ。私が「心配かけてごめんなさい、は?」と言うと、口々にボソボソと同じ言葉を繰り返した。


 ならば、自分たちの甲斐性で彼女たちを幸せにしてあげなさい、ということで、東側をさらにチョチョっと造成して、新婚カップルにふさわしい、おしゃれな小さめトレーラーハウスを三つ設置した。ご結婚祝いということで。あ、彼女たちにもタブレット渡すんで、使い方教えてあげて。


 彼らはオロオロと右往左往しながら、ええと、これはこうするんじゃ、こうして探すんじゃ、などと説明を始めた。せっかく新居を用意したんだから、新居の中も相談して整えなさいよ、と言うと、それぞれのカップルでそれぞれの家に入って行った。めでたし。良い仕事をした後は気持ちが良い。なぜか目から汗が出ているのは気のせいだろう。お一人様の宿命である。




 夕方、焚き火で一緒に食事をした。一緒に美味しいものを食べてお酒を飲んだら、仲直り。彼らの流儀は実にシンプルである。多少ぎこちなさはあるものの、お酒が回ると次第に打ち解けて、「なにこのお酒美味しい!」「こんな酒もあるんじゃ!」などと盛り上がってきた。ドワーフ女子は甘いお酒を特に気に入ったようだ。


 みんなで飲んで食べて笑って、明日必要なものも渡したし、さあお開きということで帰ろうとしたところ、ドワーフたちからもじもじと打ち明けられた。いずれ結婚する予定ではあるが、新婚さん扱いというか、新居に二人きりというのは、どうもまだ照れ臭いらしい。ということで、三軒のトレーラーハウスはしばらく空室にして、あらためて、女子組には少し大きめのトレーラーハウスを用意して、女子寮とすることとなった。男子組の横に置こうかと思ったら、「ミドリと一緒がいい」ということで、うちん家の横に置くことになった。ドワーフ女子、かわええ。




 あらためて翌朝、女子寮について相談女子会を開催。今度のコンテナハウスは、二階建てのお店のようなヤツを購入した。重いのでちゃんと置けたか心配だったのだが、一度収納して石を敷き詰め、安定して置き直すのを指揮してもらった。さすがドワーフ、若手の女子であっても、建築技術半端ない。


 一階は水回りや共用スペースで、二階が各個人の部屋。余った一部屋は物置に、と提案すると、三人が「ミドリの部屋に」と言ってくれた。ありがたい。私は私で別に家があるけど、ちょくちょく泊まりに来よう。これで念願の女子会スペースができた。パジャマパーティーもできるし、お茶会もできる。冷蔵庫の中には甘いものをいっぱい入れておこうそうしよう。


 一方、新婚さん用のトレーラーハウスは、当面彼女らのオフィスに使うこととなった。ドワーフたるもの、女子であっても当然鍛治くらい出来るのだが、彼女らはそれぞれエンチャントや調整、細工もの、料理が得意なのだそうだ。日中は仕事に集中したいとのことで、トレーラーハウスは無駄にならずに済んだ。


 ドワーフの生活力は凄まじい。それは彼女たちとて例外ではなかった。付与師エンチャンターエウノミアが市販の果物ナイフを調整しエンチャントすると、たちまち車一台買えるような値がついた。異世界の製品は、製作者の魔力や癖がついていないので、非常にエンチャントに向いているそうだ。エルフの魔法エンチャントとは違い、剛性や命中率、使用者の能力値上昇などがドワーフのお得意分野らしい。そりゃあ、魔法よりも物理至上主義の脳筋アタッカーにとっては、垂涎すいぜんの品に違いない。一日に何本も加工できるものではないが、彼女は一躍稼ぎ頭となった。


 細工物が得意なディケは、とりわけ宝石の加工が得意で、異世界の加工用機材や素材に大興奮していた。勉強熱心で、宝飾関係の資料を片っ端から読み漁り、国宝みたいなジュエリーを次々と産み出した。販売価格の相場を鑑みると、ネット通販で売却するよりも、いずれこちらの世界で王侯貴族に売りつけた方が、高値で売れると思われるので、彼女の作品は、材料費や器具機材の費用と生活費を賄う分を除いて、売却せずに取っておくことにした。


 料理の得意なエイレンは、異世界の多種多様な料理のレシピを片っ端から制覇し始めた。食材を買い込んでは、何時間も調理に没頭し、みんなにご馳走してくれる。ご厚意に甘えるばかりではアレなので、私たちは食費を払おうとするのだが、材料費以外受け取ろうとしない。意外なことに、彼女の作った料理は、ネット通販で思いのほか高値で売れた。食品衛生法とか、パッケージングとか、その辺どうなってるのか分からないのだけれど、なんでもパーティー用のケータリングフードとか個別宅配とか、そういった感じで結構需要があるようなのだ。私が収納したら、値がついて、売れる。しかも原価率が低く、かなりの収益率となった。その収益で、業務用の調理器具を購入し、更に効率良く大量に調理が可能になる。彼女は料理においてもビジネスにおいても辣腕らつわんだった。




 私はというと、最初こそ彼ら彼女らの生活基盤が整うまであれこれ手助けをしていたものの、さっぱり暇になってしまった。時々エイレンの調理補助のバイトをしたり、みんなの休憩時間にお茶やお菓子を持って行ったり。休みの日には、お茶会を開いたり、ピクニックに行ったり。だが、ドワーフたち、とりわけ女子組は勤勉で、あまり構ってもらえないのだ。


 小人閑居しょうじんかんきょして不善をなす。すなわち、つまらない人物は、暇にしていると、ロクなことをしない。


 暇なので、漫画を大人買いして、いっぱい読んだ。タブレットで電子書籍を読んでもいいんだけど、どうせなら紙の本を買って、飽きたら売ってもいいなと思い、女子寮で買っては読み、買っては読み、カフェスペースの書棚が次第に埋まって行った。


 ある時、仕事が終わって帰ってきた三人組が、書棚に溜まっていく本に目を留めた。私の読む本は日本語で書いてあるので、これまで関心を示さなかったのだが、開いてびっくり。挿絵だけで出来た本など、この世界に存在しなかったのだ。絵だけで、何となく物語が分かる。大騒ぎとなった。


 それからドワーフ女子の間に、二次元ブームが巻き起こった。ネット通販楽園は、ドワーフ語に対応している。当然漫画もDVDも、配信動画もであった。彼女らは、あっという間に原作漫画を読み終え、DVDを買い揃えた。ドワーフの好奇心と物欲はすさまじい。関連グッズも山のように買い込んだ。今や女子寮は、月の王女様が制服姿で戦う物語一色となった。


 男子組は、時折女子寮に訪ねて来るのだが、どんどん増えていくグッズと、火の制服戦士が可愛いか水の制服戦士が可愛いかの論争に呆れ、遠い目をしていた。そんな彼らに、海賊王を目指す少年の漫画を手渡してみたら、翌日にはヘリや自転車など全ての乗り物に、ドクロの旗が取り付けられた。ふふふ、まだだ。まだ終わらんよ。赤い彗星が三倍の話、奇妙なスタンドの話、鬼を刃で退治する話…古典から新作まで、こちらの世界は沼なのだよ。


 結局、女子よりも凝り性な男子たちの住居はたちまち手狭になり、女子寮と同じく大きなトレーラーハウスに引っ越すこととなった。漫画やDVDが溢れかえり、「見たい作品がありすぎる、人生何周しても時間が足らんわい!」と嘆いていた彼らに、そっとゲーム機と人気ソフトをプレゼントすると、激しい勢いで転落して行った。仏のシュトゥルムは、ゲームの中で沸点の低さを遺憾なく発揮し、面白がったドランクが動画で配信してやると、一躍人気実況者となった。ドワーフ語では何を言っているか分からないが、常軌を逸したブチギレプレイが全世界に受け入れられたようだ。


 凝り性のドランクが精巧なフィギュアを作ると、かなりの高値で取引されるようになった。ウントは最後まで抵抗を続けていたが、可愛い少女と恋仲になれるゲームにあっさりと陥落した。人族は恋愛対象外なのだが、どうも登場人物の心情の変化や機微にハートがキュンキュンしたらしい。




 なお、両方の寮に、こっそりと薄い本を置いておいたところ、男子寮は萌え上がり、女子寮は腐り落ちた。ようこそ、腐海の底へ。フフフ。

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