第11話 王女の決意
優は王女の正面に立ち、ゆっくりと言う。
『我々が出来るのは、この船の上に居る限りはあなたを守るという事だけです』
優の言葉を聞き、王女の表情は少し緊張したように変わった。
『そして、米軍やNatoに手を借りるにしても、彼らが何かをしてくれるわけではありません。あなた一人を亡命させる……そういう事であれば、すぐにでも協力してもらえるかもしれませんが……』
『そんなつもりはありません! 私ひとり逃げるような事しませんわ!』
王女が叫ぶように言う。
王女の心からはもう「駆落ち」という言葉は完全に消えているようだ。
そしてそれは渡辺も同じようだった。
一度駆落ちすると決めたからか、渡辺は自分が王女を守り抜くという強い気持ちを持ったようで、今も王女の横に立ち王女を言葉に頷いている。
優は王女と渡辺を見て頷いた。
『今起きているのは王女の国の内戦です。この先、あなたの国をどうするのかは、あなたとあなたの国の国民が自分たちで考え、自分達の力でなんとかしなければいけない事です。自分たちの権利や平和をそこに住む国民達の手で勝ちとる覚悟をする必要があります』
優は冷たく感じるぐらい冷静な様子で王女に言った。
王女は優の言葉を聞き、ごくりと唾を飲みこんだ。
それから侍女とジェンダトル男爵の顔を見て、彼らは頷き合う。
王女は側近達の覚悟を確認し、それから顔を上げると強い意思を感じる瞳を優に向け頷き、優にはっきりと返事をした。
『はい。全て理解しています。私は国民に向けて今の考えを話し皆の理解を得ます。そして……我々は前に進みます』
優は王女の瞳を見て彼女の覚悟を感じた。
それですぐに動き始める。
「紀子、祠堂さん、出来る限り多くのメディアに一時間後から王女が国民に向けての配信を行う事を伝えるんだ」
配信まで一時間しかない。
慌てて皆動いた。
幸運な事に、船の乗客の何人かが協力を申し出てくれた。
豪華客船の乗客たちは、企業の役員や、元大手企業の社員や元官僚で定年退職後の旅行を楽しんでいる人も多い。
彼らはコネクションを持っており、それぞれの持つコネクションを使って素早い連絡や交渉、調整を行う事ができそうだ。
理不尽なテロに対し、危機を一緒に乗り越えたと言う一体感が乗客やスタッフには芽生えており、王女を救ってあげたいという空気が船の中では出来上がっていて皆が正義感に溢れていたのだ。
そのおかげで、吉良3Sのもうひとつの仕事も順調に進められた。
それは、各個人の安全と吉良3Sメンバーの顔バレ防止のため、一旦すべてのデバイスを預かり機械的なチェックをかけて問題のありそうな写真等のデータを全て削除する作業で、これはとても重要で大変な作業だった。
大抵の場合、新しいデバイスと交換という形で没収するのだが、さすがに今回のようにシージャック被害者を対象にしてスマホを没収するわけにもいかない。
なので、面倒ではあるがスマホを預かり、本部の担当部署につないでチェックをかけている。
もちろん中には大事なデータを削除されるのは嫌だとごねる者もいて、説得が必要だ。
「万が一、これらの情報により、貴方がこの件に関わっていたとバレた場合、逆恨みした犯人のターゲットになる可能性があります。また、これらの情報は”特定秘密”に該当する為、漏洩した場合は秘密保護法によって懲役もありえますし、今後、この情報をあなたが漏らさないかを心配し、公安があなたを監視対象とすることでしょう。でも、それは……あなたを守るためではありません。今後、あなたに何が起きるか我々は保証しかねますし、どんな事が起ころうとそれは全てあなた自身の行動による結果ですので、どこに何を訴えても助けを得ることはできないでしょう」
優に冷たい視線を向けられてそう言われたら大抵の人は素直にスマホを含めた記録媒体を全て差し出す。
特殊な状況でそれ以上ごねる相手は、まず普通の人ではない。
なのでまだごねる場合は、相手に応じ、ある程度強引な対処を行う事になる。
しかし今回は皆、本当に命の危機を感じた事もあり、「思い出の写真がなくなるかもしれない」と寂しそうに呟く程度で、回収は順調のようだ。
王女の配信の準備と、あとかたずけで、吉良3Sのメンバーだけでなく、船のスタッフや客も皆、忙しくバタバタしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます