第10話 王女の使命

 吉良3Sのメンバーは効率よく敵を制圧していった。

 乗客の安全を確保するように動いていた紀子や他の潜入メンバーもケガ人を出さないよう乗客やスタッフを上手く誘導した。


 普段から、こういうシーンで自分がどう動くべきかを何度も模擬訓練していて、皆考えるよりも先に役割に沿って動けるようになっているのだ。


 

 暫くして銃声は止み、その場には静寂が戻った。



 良平、優、佐々木たちは、せわしなく敵の生き残りが居ないかを確認し、勉はまだ縛られている者達を開放していった。


 直美と紀子は客の中に負傷者がいないか確認してまわった。

 何人かが傷を負っている。


 スタッフの一人が抑えている腕からだらだらと血を流していた。


 しかし、幸いにも重傷者はいないようだ。

 直美と紀子は腕を撃たれたスタッフの元に行き、腕をみた。


「大丈夫……弾は貫通しているわ。腕は曲がる?」

「え、ええ」

「骨に影響なさそうだし止血しておけば大丈夫だわ。よかった」

 紀子が男の腕を止血した。


 渡辺が王女を連れて入ってきた。

 客やスタッフの皆が、王女の顔を見てほっとする。


 腕に自信のある若いスタッフや客は優達と共にシージャック犯を拘束したり、隠れている者がいないかを見てまわった。

 他のスタッフや船医は客の状況などを確認しケアして回る。


 しばらくして王女の側近のジェンダトル男爵や侍女達が解放されて王女の元に駆けて来た。彼らも部屋に閉じ込められていたようだ。

 彼らは王女の顔を見て本当にほっとしたような表情をしている。

 ジェンダトル男爵などは、普段の様子からは想像できないが、王女の無事を確認できて涙ぐんでいた。


 その様子をほっとした気持ちで見ている直美の腕を突然良平がぐいっとつかんだ。

「お前、それ、殴られたのか!?」


「あ、うん」

「どいつだ?」

「部屋で、眠ってる」

「後でそいつ、殺してやるからな」

 そう言いながら、良平は直美の顔の傷を確認する。

「直美! お前その顔!」

 優も直美の顔が腫れている事に気付いて飛んでくる。


「へへ……殴られちゃった」

「どいつだ! もう死んだか?」


「まだだ……後で俺が殺す」

 優の様子に、何故か良平がムッとして言う。

「あ……そうか……まあいい。お前に任せる」

 良平の言葉を聞き、優がすぐに引いた。


 いつもと違う優の様子に直美と良平は意外な気分で顔を見合わせるが、直美はすぐにそれどころではない状況であることを思い出す。

「それより今はクーデターよ! 王女を守らないと!」

「ああ!」

 優と良平も頷く。


「船をすぐ出して安全な場所に王女を運ぼう。報道によると……近くに米軍が来ているようだから、そちらに保護を頼んもいいかもしれない」

 優が考えながら言う。


『ま、待って!』

 王女が叫びながら、優たちの間に割って入った。

『私は王宮に行くわ!』


『え?』

 全員が驚いて王女を見る。

『無茶だ!  危険すぎる!』

 優が叫ぶように言った。


『いいえ、行かなければいけません。行って、ちゃんと伝えないと』

 王女は懇願するように言い、そして叫んだ。


『王政は廃止するんです!』


 王女の言葉にその場にいる全員が驚いた目で王女を見る。


『国民にそのことを伝えないと!……民主制にして国の首相は選挙で決めるのだと』


 全員が顔を見合わせた。そして皆が考えるような表情になる。


『それは本当ですか?』

 優が代表で王女の目を見て聞く。


『ええ。それが父の……いえ、我々王族の意思です』

 王女はしっかりとした声で答えた。


 優は更に王女の少し後ろに立つジェンダトル男爵の顔を見る。

 ジェンダトル男爵は優の視線に気付くと頭を会釈するような感じで少し下げた。


『王女の言う事に間違いはありません。元々王は、王女が隣国についたらそのことを宣言する予定でした。そして、これは王女には知らせてませんでしたが、で我々は万が一の事があれば王女をどこかに亡命させるようにと、王命を受けていたのです。……私がこの国の港に寄港しないというのを反対したのは、王女にとってこの国の王宮を見るのが最後になるかもしれないと、そう思ったからです』


「そうだったんだ……」

 直美が驚いたように声をだした。

 話を聞き、直美のジェンダトル男爵への評価がぐっと上がる。


 ジェンダトル男爵は話を続けた。

『しかしまさか、東軍がクーデターを起こすとは……思っておりませんでした。王の計画は秘密裡に実行されるはずだったのですが、どこかでやはり計画が漏れていたのでしょうね』

 

 ジェンダトル男爵の言葉を聞き、優は少し考える表情になり、周りに視線を向ける。

 船長や佐々木の顔を見たようだ。彼らは優の方に足を向けた。


『……王女、王女の名前で国連の介入を要請してください』

 優は落ち着いた声でゆっくりと言う。


『出来ますか?』


『……はい!』

 王女はしっかりと頷き、返事をする。

 王女を見て優も頷いた。


『では、国連の……米軍やNatoの力を借りましょう。簡単ではありませんよ。まずは各国の代表者に理解してもらえるよう説得する必要がありますからね。でも、それでもちゃんとした不正の無い国を作るためには彼らの支援を受けるべきでしょう。国連に治安維持部隊を派遣してもらって治安を確保しつつ、彼らに選挙も監視してもらって公平な選挙を行うのです。そのことをまずはみなの前で宣言してください。世界中のメディアも利用し、世界中の人達の力を借りるのです』


『は、はい! 難しくてもかならずやり遂げて見せますわ!』

 王女は頷く。


「船長、まずは一旦船を出してください。陸から離れて安全を確保して……、それから近くにいる米軍かNatoの……友好国の船に連絡を取っていただけますか? そしてこの船の護衛を頼んでください。我々も政府からも連絡してもらうように動きます」

「あ、ああ。わかった」

 船長が頷く。

「佐々木、お前は内調と外務省にすぐに連絡を入れて状況の報告と、国連と米国に対して働きかけるように頼んでくれ」

「了解」

 佐々木が返事をする。


「あと、この船からライブ配信できますか?」

 優はスタッフの一人に聞く。

「ええ、もちろん。インターネットで配信できますよ」


『王女、ここから国民に向けて、配信しましょう』

『え?』


 優に「配信しましょう」と言われた王女はまるで知らない言葉を初めて聞いたというような様子で優を見ていた。

 もちろん配信が何を意味するかは分かっているが、ピンと来てないようだ。


 優は王女の正面に立ち、ゆっくりと言う。

『我々が出来るのは、この船の上に居る限りはあなたを守るという事だけです』

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