第6話 王女とバー(2)
『こんな遅い時間なのに、本当に沢山のスタッフがはたらいているのね』
『船は24時間動いていますからね。彼らのおかげで僕らは安心して船に乗っていられます』
『そうですね、本当に安心だわ』
とても嬉しそうに王女が微笑む。
良平はやはり違和感を感じた。
王女の機嫌がとても良くなった本当の理由はなんなのか?
そのことを深く考え始める前に佐々木が紅茶を運んで来たので、良平は意識がそっちに飛び、考えるのをやめた。
紅茶をソーサに戻し王女は柔らかい表情を向けながら口を開いた。
『そういえば……親が勝手に決めた婚約者同士でも、あなた方は普通の恋人同士に見えるわね』
今夜の王女には驚く事ばかりだな……
王女の言葉に良平はそんなことを考えながらも真面目に答える。
『それは……・僕たちは別に親の言うとおりに結婚しようと思っているわけではないからでしょう』
その言葉を聞き王女が不思議そうに良平をみた。
王女の表情を見て良平は少し苦笑いする。
『親同士が決めたといっても半分ジョークみたいなものだし、元を正せば俺があいつの寝室に忍び込んだのがきっかけで……』
『え?』
王女は心の底から驚いたと言うような表情を見せる。
良平は王女の反応を見て、それを楽しむように笑みを見せた。
『直美のおやじさんは豪快な方でして。お前、そんなに直美が好きならやるぞ、みたいな感じですかね』
『まあ』
『あいつがまだ12の頃の話です。まだ子供の頃のはなしですね』
『まあ! そんな子供のときから愛し合っていたのですか?』
王女は少し顔を赤くする。
良平は王女らしい言い方を聞いてクスクス笑った。
『いや、実は最近まで俺たち一緒にいても、ほとんど会話なんてしなかったんですよ』
『? どうしてですか?』
『んー……、なんでかな?』
良平は考える顔をする。
『わたくしも婚約者の方がおります。お互いの意思は関係なく周りが勝手に決めた方で、10歳も齢がはなれた公爵家の方です。……でも、パーティなどで同席する時はいつも並んで座ったし、お話はしますわ。私が黙っていても公爵様が気を使って話をしてくださいます』
『はは、僕はまだ、そこまで大人じゃないから』
『あ! ごめんなさい、失礼なことを』
『いや、いいんですよ。ほんとに、俺って根性なしだから……』
良平は少し寂しげな表情でいう。
『反省が一杯あります。兄貴たちに遠慮なんかせずに最初からちゃんと向き合っておけばよかった……とかね』
『よく分からないけど、早瀬さんは今も昔も直美ちゃんが好きなのね? そういうことですよね?』
『……ええ、そういうことのようです』
王女は良平のその言葉を聞き、楽しそうに微笑んだ。
~~*~~
この夜、実は直美も夜の散歩に出ていた。
良平がなかなか戻ってこないので、何故だか気持ちが落ち着かず散歩に出たのだ。
昔の直美なら、優に良平の悪口を言ってすっきりしていただろう。
でも直美にももう分かっていた、自分のこの不安とイライラした感覚を、兄である優に止めてもらうことは、もう無理だということに。
直美は、甲板に出て月を見た。
美しい景色を見ていると心が落ち着いてくる。
直美はその場所で長い時間過ごした。
直美は1時をまわってから部屋に戻った。
部屋に戻ると、ソファーに座っていた良平が立ち上がって直美を迎えた。
「どこに、行っていたんだ……」
その声は随分心配していたような声だ。
「月を見てたの。すごく綺麗だったから時間経つのを忘れてみてしまったわ」
直美が答えると、良平はため息をつく。
「あんまり心配させるなよ。もう少し遅かったらみんなを起こして総出で探しに行くところだったぞ」
「心配かけて、ごめん」
直美は素直に謝る。
「はあ、ホントにお前は昔から目が離せないよな。散歩するなら誰かに声ぐらいかけて行くようにしろよ」
「うん、そうする」
ふたりは話しながら寝室に入る。
「良平、今日は飲んでないのね」
直美は着ていた薄手のロングコートのボタンを外しながら聞く。
良平は着ていたブレザーを脱いでハンガーにかける。
「あ、ああ。実はひとりで散歩してる王女と会ってな」
「え? おひとりで?」
直美はロングコートを脱いでハンガーにかけながら良平の方をみる。
ロングコートの下は寝間着をきていたので、そのままベッドに乗った。
「ああ、それで王女の散歩に付き合っていたんだ」
「そうだったのね」
「王女がバーに行きたいと言うので連れて行って、そこでアルコールではなく紅茶を飲んで、それから王女を部屋まで送って帰って来たんだ」
良平はYシャツのボタンをはずし、脱いでソファーにそのままおく。
「バーに?」
「うん……なんか、バーに行ってから王女の様子が変わったんだよな……急に明るくなったというか、機嫌が良くなったというか……」
良平はそんなことを話しながら、スラックスを脱いでしわにならないようにソファーにかけるように置き、スウェットをはく。
「へえ、王女がバーになんて、なんだか似合わないけど……実はバーが好きとか?」
直美は王女とバーの組み合わせが不思議で興味が湧いた様子だ。
「いやぁ……、バーは初めてだと言っていた。あれは……一体なんだったんだろうか……何かをバーで見つけたという感じだったし、ちょっと気にはなるな」
良平はその時の王女の様子を思い出し、考えながら言う。
「そうなんだ。良平がそんなに気になったんなら何かあるのかも」
「うん……勉にちょっと調べさせるかな」
そう言ってから良平は欠伸をしてソファーに向かう。
「……ベッドでねる?」
直美がそう言うと、良平がばっと直美の方を見る。
「疲れてるのに、眠れなくて……明日も王女を心配させちゃダメでしょ?だから……何もしないなら、広いベッドだし、いいよ」
「はい!なにもしません」
良平は両手を少し上にあげて言う。
「……じゃあ、どうぞ」
直美はそう言いながら奥の奥による。
良平はすっとベッドに入る。
「電気消すぞ」
「うん」
良平はリモコンで電気を消した。
横になってから良平は、これは余計に眠れないかもしれないと思ったが、連日の疲れが溜まっていたようで、その夜はいつの間にか二人は眠っていた。
朝、直美が目を開けると、目の前に大きな良平の体があった。
良平は規則正しく寝息をたてている。
直美は良平の顔を眺める。
相変わらず、好みの顔だわ……
直美はこっそりとそんなことを考えた。
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