第7話 プールで溺れる(1)

『今日は、何かいいことあったの?』

 直美と王女はいつもの場所で朝のお茶を飲んでいた。

 そこで王女はいつもより機嫌の良さそうな直美をみてそう言ったのだ。

 

『え?』

 直美は少し顔を赤くする。

『いいことあったのね?』

 とても嬉しそうに王女が言うと、直美はテレながら微笑んだ。

『いい事、というわけではないですよ。昨日はよく眠れたから』

『そうなのね。ふふ、昨夜は私もとっても良く眠れたのよ』

 二人はお互いを見て微笑んだ


 ~~*~~



 その日の午後、二人はプールで水遊びをすることになった。

 若くて美しいベス王女と直美の水着姿に男性人はさりげなく覗き見している。


 泳げない直美は浮き輪に乗って王女と楽しんでいた。

 良平はラフなアロハシャツを着てサングラスをつけ、プールサイドの白いテーブルで、綺麗な色の飲み物を飲みながら二人を眺めている。


 良平の傍に勉がそっと近寄ってきた。そして耳元で何かを報告する。

 良平の表情が動き、少し険しくなった。


 その後、良平は何かを勉に指示したようだ。

 勉は頷き、すぐに良平の傍を離れた。


 勉が離れるとすぐ良平は椅子から立ち上がり、周りの様子を伺いながら、プールサイドで王女の側近たちと一緒に休憩場所を確保して立っている祠堂と紀子の傍によった。


 目立たないよう、良平は祠堂と紀子の間に立ち、視線をプールの二人に向けたまま口を動かす。

「船に侵入者が入った気配あり。警戒を……」

「了解」

 紀子と祠堂は表情を変えることなく小さな声で答えた。


 良平は二人から離れ、プールサイドに近づいてサングラスの中の目を周辺を観察するためにくるくると動かした。


 直美と王女は歓声を挙げながら遊んでいる。


 プールで泳いでいる人たちは少なくない。

 エクササイズの為に泳いでいるひとたちも結構いるし、カップルや女性同士の客も居る。


 プールサイドの男共のほとんどは王女と直美を見ていたし、みなが怪しく見えた。


 ふたりをプールから上げたほうがいいかなと、考えをめぐらせ始めたとき、王女と直美がプールサイドに戻ってきそうな気配を見せた。


 王女は華麗に泳いでプールサイドまでやってきた。

 そして直美はビーチボードをもってモタモタとやってくる。王女は直美の方を振り返り楽しそうに笑っている。


 良平は王女があがるのを手伝おうと王女のほうに近付いた。

『早瀬さん! 直美ちゃんに泳ぎを教えなきゃいけないわね!』

 王女は良平を見てクスクス笑いながら言った。良平は微笑む。

『ええ』

 二人は微笑みながら途中で一休みしている直美の様子を見た。

 背の低い直美にはこの飛び込み可能なプールは深く、背が立たないのだ。


 直美はピーチボードに体を預け、プールの中程のところで休んでいる。

 どうも直美はうまく前に進むことが出来ないようだ。

 力もよわいのだろうなと、良平はどうやって鍛えようかと頭の中で考える。


 その時、突然、休んでいた直美が沈んだ。

 

 王女と良平は驚き、顔色が変わる。


「ぷは!」

 直美は必死に手を動かし、少し顔を上げたが、またすぐ沈んだ。


『直美ちゃん!』

 叫ぶ王女の頭の上から、良平が飛び込んだ。


 上から見ていた良平には、はっきりと見えた。

 誰かが直美の足を引っ張っている。


 水の中で直美は必死で男の手を離させようとしていた。

 そこに良平が来て、男を後ろから掴むと、直美の体から男の腕が離れた。


 直美はそのすきに水面に顔を出す。だが泳げないので、今にも沈みそうに必死にばしゃばしゃと手足をばたつかせた。


 良平は慌てて傍に浮いているピーチボードを直美に渡す。

 直美はビーチボードを掴み、そこで一息つくが、すぐ男がピーチボードを奪った。

 良平と男が、また格闘を始める。


 様子に気付いたスタッフと何人かの男性が既にプールに飛び込んでいた。

 飛び込んだ客の男達は直美を助けようとし、スタッフは良平に加勢する。


 やっと引き上げられた直美は、王女の腕の中に抱かれ、震えながら意識を失いかけていた。

『はやく! はやくお医者様を!』

 王女は瞳に涙をためながら大声で叫ぶ。


 良平とスタッフが男を捕まえてプールから上げる。

 一緒に格闘したスタッフの中には佐々木も居て、ふたりは水から上がると力尽きたように膝をついた。

 客やスタッフに関らず男たちが走りより、良平たちにタオルを渡して介抱する。そして不審者の男を監視するように囲んだ。


 優や船の上級船員たちもやってきてプールサイドは騒然としていた。

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