第8話 プールで溺れる(2)

『本当に、驚きました……あなた方一行がプールで襲われたと聞いて』


 男の人の声?

 綺麗な発音の英語ね……

 直美はベッドの中の夢心地の状態で遠くに誰かの声を聞き、眠りが浅くなった。


『とても嬉しいです……心配してくださったのですね……』

 ベス王女の声だ。


 直美は目を開ける気はなく声だけを遠くで聞く。

 とてもまぶたが重かったし、ベッドの中の温もりが心地よかった。


『王女……このまま船に乗っておられるのは危険です』

 優しい男性の声。とても思いやりのある話し方だ。

『せめて、お国からもっと護衛を……』


『大丈夫ですわ。日本政府が何人かボディーガードをつけてくださっているのです。実は彼女もその中のひとりです。だから心配はいりません』


『王女、私は心配です。もし貴方の身に何かあったら私は生きる力を失うかもしれない』

『……私は、今、この瞬間の為なら命をかけれます。……あなたとこうしていられるなら』


 誰だろう……

 直美は一生懸命考えようとするが、眠くて思考が飛ぶ。


 王女と話している男性はいったい誰なの……

 直美はそれ以上考える力が出ず、再び深く眠ってしまった。




 目を覚ましたとき、傍にはベス王女と良平、そして紀子が居た。

『ああ、目を覚ましたわ』

 王女の安堵した声を聞き、皆が直美を覗き込む。


 船医もいる。

 広い部屋には最初に認識したより多くの人間が居たようだ。

 皆がわらわらと直美を覗き込みに来る。

 みな直美を心配して様子を見ていようだ。


「大丈夫ですか、早瀬婦人……」

 白衣の男が声をかけた。

「…………」

 直美はボーっと船医を見た。


 直美は早瀬婦人というのが自分のこととは全く思っていなかった。


 船医は直美を心配そうに見て、もう一度声をかける。

「早瀬婦人?」


 直美は不思議そうに口の中で船医の言葉を繰り返す。

 はやせ、ふじん……?


 良平がすぐにピンと来てフォローに入る。

「直美どうしたんだ!? しっかりしろ! ……先生、妻の様子がおかしいが大丈夫ですか?」


 良平の言葉で、直美は、はっと思い出した。


 早瀬婦人というのは自分のことだ!

 私は、今、良平の奥さんだった!


「早瀬婦人……ここがどこかわかりますか?」

「…………」

 直美は少しばかり演技をした。

 しばらくボーっとし、それから体を震わせて良平を呼ぶ。

「良平! 良平!」

「大丈夫だ。ここにいるから」

 良平は直美を抱きしめるため、ベッドサイドに腰を下ろす。

 直美は良平にしがみついた。


「怖かった。怖かった」

「ああ、もう大丈夫。犯人も捕まえて拘束したからな」


 ~~*~~


「まだ殺してないの?」


 直美の様子を見に来た優に、直美は開口一番にそう言った。

 優と良平が苦笑する。


「まあ、まだ聞きたいことが残っているし、ここであまりキツイことも出来ないだろ?」

「なんでよ、キャプテンにすぐに引き渡してもらいなさいよ。わたしの足を引っ張ったバカよ? すぐにでも殺してやりたいわ……」


「心配するな、後で俺が殺しといてやるから。……な?」

 良平がやさしい口調でそういうと、直美は少しはにかんだような表情になり、ソファーにすとんと座った。


 良平は優の方を見る。

「で? その馬鹿はなんて言っているんだ? 本当は一番先に、手を出したいのを必死で我慢している、優兄貴」

 優が苦い顔をし、紀子と祠堂が声を殺して笑う。


「……そのバカは自分は、変態だと言っている」


「は?」

 直美たちは優の予想外の答えに驚く。


「若く美しい女性を見て、触りたいのを我慢出来なくなった……と、本人はそう言っている」

「……昨夜外部から侵入したやつらじゃないのか?」

「ああ、それは違う。前から船に乗船していたのは、皆が知っている」


「え? ちょっとまって、侵入者?」

 直美が声を上げた。

「聞いてないけど」


「ああ、泳いでいる時に、報告を受けたんだ。倉庫にエアが3セット放置されていた」

「3人の侵入者?」

「多分な……」


「そういう事だから直美、王女の警護は慎重に頼むよ」

 優が言うと、直美が頷いた。

「それは分かったけど、でも……その変態男の言ってる事をまさか信じてるわけじゃないよね?」

「……んなわけないだろ、王女狙いなのか、良平と直美狙いなのか、きっちり吐かせて責任は取らせるから安心しろ」

 優が鋭い目でそう言った。

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