第9話 楽しそうな王女

 直美と良平が予定していたランチ会の会場に顔を出すと、周りの人たちが皆、直美に声をかけた。


 皆、相当心配してくれていたらしい。

 直美と良平は丁寧にお礼を述べながら王女との約束の席についた。


『よく眠れましたか?』

 王女が直美に声をかける。

『はい。ご心配をおかけしました』


『良かった……もう大丈夫そうですね』

『もちろん。これでも、鍛え方がちがいます』

 直美がそういうと王女は楽しそうに微笑む。

『頼もしいわ』

 3人は食事を始めた。



 午後は王女が直美のためにサロンを開いてくれた。

 美しいピアノの音色を聞きながら、色とりどりのお菓子を楽しめるように準備してくれて、王女は集まった女性陣を楽しませる。


『絶対、太っちゃうわ』

 直美が更に乗せられたケーキを綺麗に頂いた後、ため息をつきながらい言った。

 それを聞いた王女は思わず吹き出し、声を出してクスクス笑った。

『そうね。これだけ食べたらさすがにね。……あ、そうだわ! 明日から朝、一緒にジョギングしない?』


『いいですね!』

 直美は明るい声を出した。


 しかし、直美は気を抜いてはいない。

 さすがに事件の後だ、今までとは違い、微笑みながらも目は鋭く周りの人の動きを観察していた。


 良平はサロンの入り口付近で立っていた。

 生演奏を聞いているふりをしながら不審者をサロンに入れないよう見張っているのだ。

 良平の傍には優も立っている。


『お茶のお代わりはいかがですか?』

 後ろから直美たちのテーブルに向かって声がかけられた。

 直美がこの声にビクンと反応し、ばっと振り返り声の主を見る。


『いかがですか?』

 スタッフの男性が柔らかい笑みを浮かべながら、小さなワゴンの後ろに立っていた。


『いただくわ、今日のブレンドはとても美味しいわね』

 ベス王女が男の方をみて嬉しそうに微笑みながら言った。

『ありがとうございます』

 その男性は優しげな視線を王女に向け、それからゆっくりとベスのカップにお茶を注ぐ。


 直美はお茶を注ぐ男と微笑む王女を観察するように見た。


 ふたりは、なんとも言えない空気に包まれている。

 ふたりとも幸せそうな表情で、紅茶を注ぐという短い時間を大切に思い楽しんでいるように感じた。


 一瞬、男性の手がベス王女の手に触れた。


 その一瞬で、ふたりの表情はますます柔らかくなり、ベス王女の頬が高揚したのが直美には分かった。


 スタッフの男は給仕を終え、頭を下げ挨拶してから次のテーブルに移って行った。

 しかし直美はその男から目を離さず、じっと見つめ続ける。


 優と良平が直美の様子に気付いた。

 そして優が動き、直美が見ている給仕の男をマークするように動く。

 良平は直美の方にゆっくり歩いて行き声をかける。

「直美……」

 後ろから小さな声で直美を呼ぶと直美の体がビクンとした。


「どうした? 体調が悪いのか?」

「あ、いえ……」


 良平は直美の顔に自分の顔を近づけ、耳元で言う。

「あの男が、どうした? 何かあるのか?」

 直美はギクリとし、それから王女を見た。


 ベスはまだ嬉しそうに、そして彼の手がほんの少しふれた手の甲を見つめている。


 直美はそれを見て確信した。


 あの時、ベッドサイドで王女と話していたのはあの男だ。

 そして多分、この二人は愛し合っている。


「……ごめん、なんでもない」

 直美が小さな声でそう言うと、良平は意外そうに直美を見つめる。

 直美は良平に見つめられ少しどぎまぎし、視線を外した。

「ちょっとアイドルに似てて気になったの。関係ない人よ」


 良平は黙って直美を見つめてから優の方を見た。

 優は男をマークしながら、良平と直美の様子を見ている。


 良平は優に軽く首を振って見せた。

 その男はちがう、という意味だ。


 優は男の方にもう一度視線を投げた後、ゆっくり男のマークを解いて、また入り口付近に戻ってく。


 良平はそれを確認してから直美に視線を戻した。

「まぎらわしい態度をとるな。厳戒態勢で皆が緊張しているんだから」

「ごめんなさい」

 良平は直美から離れ、優と同じ場所に戻っていた。


『どうかしましたか?』

 驚いた様子で王女が聞いた。

 日本語でのやり取りだったが、直美が少し怒られたことを雰囲気で感じ取ったようだ。


『あ、いえ』

 直美は慌てて顔に笑みを戻す。

 王女は少し気の毒そうに直美を見た。


『大変なお仕事なのね』

「え?」


『いえ、お仕事はなんでも大変ですよね。そうやってきつく注意される事だってあるだろうし』

『私、あまり優秀じゃないんです。エージェントとしては良平の足を引っ張ってばかりで……』


『あら、貴方はこの業界ではエンジェルと呼ばれていて、とても優秀だと伺っていますよ』

『それは、私のように十代からこの仕事をしている若い女性は少ないし、たまたま注目される事があったので……あ、今はもう若くないですけど』


 直美の話しを聞いて王女がクスクス笑った。

『直美ちゃんは、今も若くて可愛いわよ?』


 直美は顔を赤くする。

『私、可愛くないと思う……』


 王女は直美をみてずっとクスクス笑っていて、自然と周りのテーブルの人達も楽しそうな王女達の方に視線を向けつられて微笑んでいる。


『ほんと、直美ちゃんって可愛いわ。こんなに気持ちよく笑ったのは子供の頃以来よ……』

 楽しそうに言う王女を見て、最初は苦い顔をしていた直美だが、ふっと表情を緩めた。


 きっと今、王女が明るい気持ちでいるのは、彼との逢瀬の後だから

 ……王女のほうがずっと可愛いわ


 直美は王女を見て微笑んだ。

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