最後の王女

第1話 王女の秘め事(1)

 夜、直美は船室のリビングで本を読んで寛いでいた。

 夜の警護は紀子と佐々木が担当することになったので、夜はゆっくり出来るのだ。


 ドアが開き、良平が戻って来る。

 良平は疲れているのか、ため息をついてドサッとソファーに腰掛けた。


 祠堂がすぐに良平の傍に来て良平の上着を脱がせて取る。

「何か飲まれますか?」

 服を腕に掛けるように持って執事らしく声をかける。


「直美は何、飲んでるんだ?」

「カモミールよ」

「俺も同じで」

 良平がそう言うと祠堂は頷き、お茶を入れに行く。


「大丈夫?」

 直美が良平に声をかけた。

「ああ……ったく、口の硬い男だよ。ここであまりキツイことも出来ないし、試しに薬も使ってみたけど、有用な事は何も話さない……」


 良平は優達と一緒に、昨日捕まえた男の取調べをしていたのだ。


「何も言わないの?」

「ああ。やっぱりあれは王女狙いじゃなさそうだ。俺たちを狙ってきた殺し屋みたいだな」

「やっぱりそうなのね」


「部屋を調べたらパソコンがあって例のサイトへアクセスした痕跡があったし……。なんで直美を狙ったのかは全く分かららないけどな。まあ、正規の殺し屋ではないみたいだし、初めての殺しでわけわからなずにやったのかもしれないけどな」


「う~ん、それにしては図太そうだけどね」

「そうだね。でもまあ、もうかまっている暇はない。俺への暗殺依頼の期限は明日1日で切れるから、あれが最後の刺客だと思っていいだろう」


「……そいつはどうするの?」

 直美は良平の顔を見て聞いた。良平は優しく微笑む。

「そんな事、お前が気にする必要はないよ……」


「そうでございますよ……」

 銀色のトレーに綺麗な陶器のカップを乗せてきた祠堂が良平の言葉の後に続いて言った。


「お嬢様はそういう心配はなさらなくてよろしいのです。優様や、良平様達に任せておけばよいのですよ」

 祠堂は良平の前にカップを置きながら言う。

 祠堂の言葉を聞き、直美はなんともいえない気持ちになった。


 良平はお茶を飲み、少し落ち着いたところで、さて、と言い立ち上がった。

「祠堂さん、動きやすい黒の服を用意してください。シャワーを浴びたら、勉と合流するので」


「え? 寝ないの?」


 直美が驚いて立ち上がった良平の姿を目で追いながら聞く。

「まだ侵入者が、見つかってないからな」

 そう言い、良平はYシャツのボタンを外し始める。

「じゃあ、わたしも一緒に」

「お前は寝てろ、眠い顔で王女の前に出たら王女が心配するからな。それに明日から早朝ジョギングだろ?」


 ~~*~~


 次の朝、直美たちはジョギングをする為に甲板に出た。

 船員が誘導する中、結構な人数の客が走っている事に驚く。


『気持ちいいですね、朝の風。もっと早く始めれば良かったです』

『本当ね』

 王女と直美は他の客と一緒にジョギングを楽しんだ。



 ジョギングの後、朝食は王女の部屋で摂ることになった。

 王女と直美が談笑しながら王女の部屋に戻ると、給仕達が朝食のテーブルをセッティングしているところだった。


 給仕の中には、あの例の男性の姿があった。

 王女の視線が男の姿を追っているのを直美はさりげなく確認する。


 まわりに沢山人がいるので、声をかけあうことは無い。

 

 きっと、もどかしいだろうな……

 

 直美はふたりの様子を見てそう思った。


 直美と王女はテーブルについて食事を始める。

 給仕の男は王女のカップに紅茶を注ぎ、その後は王女の後ろに立つ。


 直美はパンケーキの上にスクランブルエッグをのせて、一緒に口の中に入れ、租借する。

 ふわふわでとても美味しい。

『美味しいです』

 直美はニコニコしていった。

『よかったわ』

 王女が微笑む。

『わたしはいつも朝食はパンケーキを頂くの。あまり甘くないようにしてもらって、ベーコンや卵をのせて食べるの。日本人の直美に合うか心配だったけどよかった』

『パンケーキ、私も食べますよ。はちみつとバターをつけて食べることが多いですけど……ん~~、このウィンナーもとても美味しいです』

 直美が幸せそうな顔でそう言うと、王女も幸せそうな顔になる。

『直美ちゃん、本当に美味しそうに食べるから一緒に食事すると楽しくなるわ』

 王女がそう言うと、直美は少し頬を赤くする。

『すみません、私、がっついてて……』

『そんなことないわよ。沢山食べてね。あ、はちみつと生クリームもあるわよ』


 直美のカップと王女のカップにお茶が足される。

 王女が嬉しそうな顔を少し給仕の男に向けた。

 二人の視線がほんの一瞬交差する。


『ありがとう』

 王女は嬉しそうに小さな声で言った。

 給仕の男は微笑み、少し頭を下げてから無言で元の位置に下がった。


 直美は二人の様子を見て少し考える。

 それから一旦フォークとナイフを置いて王女を見た。


『ベス王女……わたし、今日は映画が見たいです』

『え?』

 直美の突然の提案に王女は顔を上げた。

『プライベート映画鑑賞ルームがあるのをご存知ですか?』

 直美は王女を見て微笑みながら言う。

『あ……いいえ?』


 少し戸惑った様子の王女から視線を外した直美は給仕の男の顔を見た。

「確か、ありますよね?」

「ええ、ございます。お好きな映画をプロジェクターで小型スクリーンに映し楽しんでいただけます」

 直美の言葉に男は笑みを浮かべて答える。


『わたし、王女とふたりっきりでのんびり映画を楽しみたいわ』

 直美は王女の顔をみて可愛く微笑む。

 王女は直美の微笑みを見てつられるように笑顔になる。


『いいわよ。予約がいるのかしら?』

『あ、私が手配しておきます』

 給仕の男が言う。

『映画のリストが案内の中にあるはず……』

 給仕の男は同僚のルームメイドの方をみた。


 ルームメイドはささっと棚の方に行き、上映できる映画の一覧を持って来る。


『ありがとう、映画は私が選んでよいですか?』

 直美が王女に聞く。


『ええ、もちろんよ』

『嬉しいわ』

 直美は一覧を眺める。そして再び給仕の方を見た。

『ねえ、あなた』

『はい?』

 給仕の男が直美を見る。


『お菓子とお茶を適当に選んで運んで来てくれるかしら?』

『ええ、もちろん。……何かお好みの物はありますか?』


『ん、なんでもいいわ。あなたが選んでください。そして、貴方自身が運んくださいね』

 え? というようにその男は少し戸惑った表情を見せた。

 王女も同じだ。


『しかし、午後は別の物が担当に……』

 男は戸惑いながらそう言う。しかし直美はお構いなしだ。


『お願いよ。あなたに給仕してもらいたいの。だってイケメンだもの』

 しらっと、直美はそういった。


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