第2話 王女の秘め事(2)

 プロジェクターを直美はいろいろと触っていた。

 どうも映し方が良く分からない。


『大丈夫? 人を呼びましょうか?』

 王女が直美に心配そうな声で言う。


『平気です。もう少し待っていてくださいね……』

 そういい、直美は、カチャカチャしている。


 この部屋には王女と直美の二人だけしかいなかった。

 王女の側近達や良平には部屋まで送ってもらった後、プチ休暇ということで自由に過ごしてもらうようにしたのだ。

『私もたまには休ませてあげないといけないと思っていたのよ』

 直美がプチ休暇を提案したのだが、王女もすぐ賛成してくれた。

 なので今日は夕食の時間まで王女の側近達は王女の傍を離れていた。

 夜も警護で動いている良平にも、少し部屋で眠るように言っておいた。


 やがてスクリーンに画像が映し出された。

『あ! ほら! 映ったわ!』

『ほんと!』


『お菓子とお茶が届いたらはじめましょう』

『ええ。それにしても……随分古い映画を選んだのね』

『だって、ベス王女にぴったりじゃないですか』

 直美がそう言うと、王女はキョトンとした顔になる。


『ローマで観光を楽しむために王女様がひとり抜け出し、そこで知り合う男性とロマンティックな休日を楽しむというお話なんですもの』


 直美がそう言うと王女はなんとも言えない少し憂いを感じさせる笑みを見せる。

『そうなのね。題名だけは知っていたのだけれど、映画を観た事は無かったの……そういうお話だったのね。……見せて貰えなかったわけだわ』


 コンコン


 ドアがノックされた。直美がすぐにドアを開けに行く。


「すみません、遅くなってしまって……」

 ワゴンを押して給仕の男が立っていた。

「いいのよ。こちらも無理を言ってすみませんでした」

 直美はそう言い、男を招き入れる。

 男はワゴンをゆっくりと押して中に入り、お茶の準備を始める。


「明かり消して平気かしら?」

「ええ。手元ライトがありますから」

 男がそう言ったので直美はうなずき明かりを消した。


 真ん中に二人がけの大き目のソファーがあり、直美と王女は並んでそこに座り、スクリーンに目をやる。

 直美はコントローラの再生ボタンを押した。

 映画が始まった。


 男がテーブルにお菓子などを取り分けて置いていく。

 王女はスクリーンと男とを交互に見ているようだった。


 男が直美側のサイドテーブルにお茶とお菓子を置きに来た。

 その時、直美は男の腕を軽く掴んだ。

 男は驚いて顔を上げて直美を見る。


 直美は口に人差し指をあて、声を出さないように指示した後、そっと立ち上がった。

 直美が立ち上がったので王女が不思議そうに直美の方をみる。


 直美は自分が座っていた場所に男を座らせた。

 王女と男が驚いて直美を見上げる。


『私が出たら中から鍵をかけてください。2時間ぐらいしたら鍵を開けてください。戻ってきますので』

『なおみ……ちゃん……』

「ごゆっくり」

 そう言い、直美は部屋を出た。

 


 ~~*~~


 2時間後、直美は映画鑑賞ルームに戻った。

 そしてふたりの様子を見て直美は微笑む。


 ふたりはとてもいい時間を過ごせたようだ。

 王女も男もすがすがしい顔をしている。


 男がワゴンを押して部屋を出る時、直美を見た。


「ありがとう……」

 それは本当に心のこもった一言だった。



 ~~*~~


『彼は、渡辺信明さんというの。豪華客船のスタッフとして働いていて、初めて会ったのもこの船の上だったの』

 王女は涙を流しそうな表情で話し始めた。

 でもそれは悲しい涙ではないと、直美には分かった。


 ちょうど日が落ちる時間で、夕焼けで空は赤く染まり、海も綺麗にキラキラと光っている。

 ここちよい風が、甲板の白いテーブルに座る直美と王女の髪を揺らしていた。


『この船でパーティーがあってね、そのパーティー会場で飲み物を運ぶ彼を見たのが最初なの。彼の美しい立ち姿を見て体に電撃が走るようなそんな気持ちになって目を離せなくなって……。彼がここの正規スタッフだと聞いて、私は何かと理由をつけてはこの船に乗り、彼を見ていたのです』


『今回も……だからこの船に?」

『ええ。父が私の最後のわがままを許してくれたのです。父は体調が悪くて弱気になっていて……自分はもう長くはない、自分が死んだ後は女王となり酷く辛い事が沢山あるだろうから、今は後悔しないように行きなさいと……』

 王女は顔を上げた。


『父が死んだら、私に自由は無くなります。結婚もしなければならないでしょう。父はそんな私を不憫に思ったのだと思います。……直美』

 王女は直美を見た。

『ありがとう、直美。……あんなに長い時間を二人で過ごせたのは初めてで、わたし……初めてあの方の腕の中に抱きしめてもらえました』

 王女の目から涙がこぼれる。


『私、もういつ死んでもいいぐらい……幸せです』


『あのう、王女』

 直美は上目遣いで王女を見る。

『はい?』

 王女は頬の涙をかるくはじきながら返事をした。


『良平にこの事を……言っていいですか?』

 直美がそう言うと、王女は涙が溜まった目を直美に向けた。

『きっともっと何か協力出来ると思うから』

 王女は嬉しそうにポロポロ泣いた。



 ~~*~~


「馬鹿か、お前は……」

 直美の話を聞いた良平が不機嫌そうに言った。


 夜、部屋で良平と二人になったタイミングで直美は良平に相談したのだが、直美の話を聞いて良平は眉を歪めたのだ。


「な、何が、馬鹿なのよ」

 直美はぷくっと頬を膨らませる。


「なにをコソコソしてんのかと思えば……またとんでもなく面倒なことに首を突っ込もうとしてたなんて……」

「面倒って……そんな言い方ないしなくてもいいじゃない」


「あのなぁ……王女を炊きつけてどうすんだよ」

 良平は呆れたように直美を見る。


「なんでよ」

「なんでよって。王女とただの船員……結ばれるはずないだろ? へんな期待をもたせてどうするんだよ」

 良平はため息をつきながら言う。

 まともに取り合う気もなさそうな良平の態度に直美は悔しく、そして悲しくなった。泣くつもりなど全然無かった直美だったが、勝手に直美の目からボロボロ涙がこぼれ始める。

 良平は直美の瞳から涙が落ちるのを見てぎょっとした。


「……」

 直美は声を上げず、ぼろぼろ涙をながした。


 良平はそんな直美を見てばつの悪そうな顔をし、上を見てそれからため息をつく。

「……泣くなよ」


 直美は良平の言葉を聞き、なぜか更に涙が出て来る。

 声を出すともっとひどく泣き出してしまいそうで、直美はぐっと唇を強く閉じる。


「……泣くなって」

 良平は直美の頭に手をまわし、直美の頭を引き寄せて自分の胸につけた。


「俺が悪かった……デリカシーの無い言い方をして。……ああ、もう泣くなって。明日、王女と話をしてみるからさ」



 ~~*~~


『直美が迷惑をかけたみたいで、申し訳ない』

 良平は王女と渡辺信明に頭を下げた。

 渡辺にはさっきお茶とお菓子を持って来るように頼んで来てもらったのだ。


『迷惑だなんて……私も信明さんも、幸せな時間を過ごせたわ』


『いや、消すべき火をこいつが炎上させてしまった……申し訳ない』

 良平はそう言い、頭を下げた。


 王女と渡辺は顔を見合わせる。

『消すべき火ですか……』

王女が少し寂しそうに微笑む。渡辺がぎゅっと王女の手を握りしめた。

王女は渡辺を見て微笑む。


『私達、昨夜話し合ったんです、今後の事をその事を……それで……』

 王女は顔を赤らめモジモジと言い難そうにしながら話す。


『それで……』

 王女と渡辺はもう一度見つめ合い、そして頷き合った。

 それから、王女ははっきりした声で言う。


『私たち……このまま駆け落ちすることにしました』

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