第3話 王女の秘め事(3)

「今……なんて言った?」

 優は驚きで目を見開き、良平を睨みながら言った。


 佐々木や紀子、祠堂たちも同じような顔をしている。


 王女から「駆け落ちする」と打ち明けられた良平と直美はすぐに優達にその事を報告する為に船室に集まって貰ったのだが、予想通りの反応だった。


「駄目だ、まずい! 日本政府が手を貸したと思われるぞ!」

 優は叫ぶように言う。


「だよなぁ……」

 良平は苦笑する。


「駆け落ちなんて冗談じゃないぞ……絶対阻止するからな!」

 優は苦い顔をしながら言う。

「な、なんでよ!」

 直美が抗議の声を上げた。


「なんでよ、じゃない!」

 さすがの優も直美に対し叱るように言う。


「いいか、このタイミングで王女が姿を消してみろ、日本政府が王女を誘拐したと言われかねない! そんな馬鹿な事は考えるんじゃない」


 直美がぷーっと、ほっぺたをふくらました。優はため息をつく。


「良平、紀子……直美から目を離すな。何をしでかすかわからないからな」

 優は直美の言う事など聞く耳を持たないと言う様子でそう言った。



 ~~*~~


『ごめんなさい。私が良平に言ったせいで……』

『いいえ、いいのよ……』

 王女は微笑んだ。

『確かに、今、駆け落ちを実行したら、皆さんに物凄く迷惑をかけてしまう事になるわね……』

『それはそうかもしれないけど……きっと何か方法があるはずだわ』

 直美は何かを考えるような顔で言う。


『大丈夫よ、チャンスはあるわ』

 王女が直美の顔を見て言う。

『チャンス?』

 直美は王女の顔はみて聞き返した。

 王女は駆け落ちを阻止されそうだと言うのに明るい様子だ。


 直美は王女には何か作戦があるという事に気付き、王女の顔を少し驚いたように見る。

 王女は直美に微笑んだ。


『最初に説明した私のスケジュールを覚えているかしら?』

『え? ええ』

 直美は頭の中で王女の旅行日程を思い出す。


『スケジュールと言っても、王女は寄港地でも船からは降りずに過ごしていて、スケジュールという程の予定はなかったですよね? 3日後に寄港する予定の自国の港でも下船せず、その次の寄港地である隣国で下船して隣国の王室を訪問、その後は陸路で自国に戻られる予定だったはず』


『ええ。この船の旅を終えるのは隣国。そこで、日本とのかかわりも終わります。今回、私が隣国を訪問するのは、隣国の王室に嫁いだ数少ない友人であるご令嬢の出産のお祝いをするためなの』

『そうなのですね』


『その友人はずっと一緒に育った幼馴染で信頼できるので、私達はその友人に協力してもらって、船を降りた後に姿を消そうと思います。……そうすればきっとナオミに迷惑をかける事もないと思うわ』

『王女……』


 ~~*~~



 直美と良平が王女に日頃のお返しをしたいので日本茶でお茶会をしましょうと誘い、王女を直美達の部屋に迎えた。

 もちろんこれは、長時間王女を人の目から隠す為の嘘である。


 王女は側近の者達を部屋に残し、直美と良平にエスコートされ一人で部屋に入った。

 部屋では、優、佐々木、祠堂、紀子が待っていた。

 少ししてお菓子のワゴンを押した渡辺も部屋にやって来た。


 祠堂の淹れたお茶のおいしさに王女は感激の言葉を発した後、王女はゆっくりと自分たちが考えた「駆け落ち」の計画を説明した。


  *


『なるほど、お話はわかりました』

 優はベス王女の話を聞いてそう言い頷いた。


『この計画なら、ご迷惑をおかけすることもないですよね』

 王女は優を見て言う。


 優は王女の話を自分の頭の中でじっくりと解析にかけているような表情をしている。

 王女と渡辺だけでなく、直美達も優の言葉を待つ。

 

『まあ……確かに、日本政府としてはこの船に乗っている間、あなたに問題が起きなければ良いということではありますが……』


 王女は優の言葉を聞き満足したように頷く。

『船を降りてしまえば、もう日本政府は何の関与も出来ないのですから……、あなた方はただ何も知らなかったふりをしていてくだされば良いのです』


『私は王女に協力しますよ』

 直美が横から言う。

 王女、優、良平、紀子、祠堂が直美を見た。


『いろいろと相談する時間とか、逃げる為の手配とかの準備が必要でしょう? お国の側近の方々にばれてはいけないだろうし……サポートぐらいしてもいいわよね?』

 直美は優の顔を見て言う。優は少し苦い顔をした。


『いいのよ直美ちゃん。私達は大丈夫だから』

 気を使って王女の方が先に言う。

 それを見て優がため息をついた。


『表立って手助けすることは出来ませんが、あなた達を人から隠すことぐらいなら……』

 優の言葉に、王女は驚いた顔をした後、嬉しそうに頭を下げる。

『あ、ありがとうございます』


『でも……』

 優は王女を見て言う。

『本当に良いのですか?』


『え?』


『今、あなたの国は大変な状況なのでしょう? 国王は今病床についていて、国民は皆不安な気持ちでいるのではないのですか? まだ時間はありますし、結論を急がずにもう一度よく考えてみても良いのではないでしょうか?』



 ~~*~~


「結局、侵入者は見つかってないのか?」


 優と佐々木、そして良平と勉が、王女と直美がテニスをする姿を見ながら、話しをしていた。


「はい。侵入者はふたりだとはおもうんですが……」

勉が答える。皆の前だからか話し方が丁寧だ。

「動きも何もないし、何かとんでもない事を企んで良そうな嫌な予感がする……非常に良くないな」

 優が呟くように言う。

「案外、良平狙いでさ、時間切れで大人しくしてるだけかもよ」

 佐々木がそう言うと優がため息をついた。

「だったらいいけどな」


「俺狙いにしても……怪しい奴を見つけられないというのは気になるよ。とにかく、勉、気を緩めずに警戒し続けてくれ」

「ええ」


「しかし……何も動きが無いってのもなぁ。まさか本当にただの密航者ってことは無いだろうしな……」

 佐々木は手を顎に持って行きながら言う。


「明後日、船は王女の国の港に入る。政治情勢が不安定なこの時期だ、王女に下船の予定はないが、最大級の警戒が必要だな」

 佐々木が微笑みながら言う。

 少し離れたテーブルでお茶を楽しんでいる女性達が自分たちの方を見ている事に気付き、微笑んだのだ。

 それを見て、優と良平も女性達にニッコリ笑顔を向けた。

 彼らが自分達に微笑みを向けたことに気付いた女性達が頬を赤らめ嬉しそうにしている。

 

「回避できないのか? 緊急措置で、港に入るのをやめさせるとか……、情勢の悪い地域なら避けることもは珍しくないだろ?」

 良平が女性たちへの微笑むを崩さずに言う。


「そんなことが出来るのか?」

 ひとり愛想の無い顔で立っている勉が聞いた。優が答える。

「まあ……不可能ではないな。安全の為にそういう措置をとる場合もある。一応内調に進言して上から動いてもらおう」


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