第4話 休暇を楽しみましょう
『まあ……じゃあ、私のせいで入港を取りやめに?』
優から、王女の国への寄港を見送りにした旨の報告を受け、王女と王女の側近は驚いた顔をしている。
『ちょっと待ってくれ、我々にとっては自分の国だ。危険など、ありはしない!』
ジェンダトル男爵が声を上げた。
彼に対する直美達の印象は悪い。
王女の執事を務めているらしいが、貴族であることを鼻にかけているようなところがあり嫌味な男だからだ。
ただ、王女にとっては敵では無く強い味方と考えても良いようだ。
彼は、常に王女が快適に生活できるようにする……この1点のみに力を入れていて、自分は遊びに出て羽目を外すというような事もない。彼は、非常に真面目で忠誠心の強い人間だ。
優は側近であるジェンダトル男爵とぶつかる気はなく、物静かな声で彼に言う。
『貴国が危険だと思っている訳ではありません。あくまでリスクを回避する為の処置です。港に入れば、そこからテロリストのような者たちが忍び込むリスクがあります。ですから、寄港だけで上陸の予定のない港への寄港は見送る事になったのです』
ジェンダトル男爵は優を睨むように見ている。
優は、そんな視線など全く意に介さず、落ち着いた声で話を続けた。
『貴国の状況から言って、今はテロのリスクが高まっているのは事実です。貴国全体が危険という訳ではありませんが、リスクは回避すべきでしょう。王女の船旅もあと少し……残りの旅を安全で快適に過ごして頂く為にも、いまから船を降りるまでの間は、我々の警護プランに沿った行動をして頂けるようにお願いします」
ジェンダトル男爵は返事はせず。その代わりにため息をついて優から視線を外した。
要人の警護を何度も経験している優は、何物にも物怖じすることなく常に堂々としている。
そんな優を良平は少しばかり尊敬する気持ちでみた。
~~*~~
直美と紀子は王女と共にサロンで座っていた。
周りには良平と優を含めた吉良のエージェントが警備に立っている。
『随分ものものしくなってしまいましたね』
紀子が言った。
『こういう雰囲気には慣れていますわ……平気です』
王女は少し寂しげではあったが、顔には柔らかい笑みを浮かべてそう言った。
『王女』
直美が王女に声をかけると、王女達が直美を見る。
直美は微笑んだ。
『せっかく休暇で来ているのだし、楽しみましょうよ。カードゲームをしませんか?』
直美の微笑みを見て、王女と紀子は顔を見合わせた。
*
『また負けたわ!』
直美が楽しそうに言った。
『まあ、本当に弱いわね、直美。じゃあ、持ってきて』
王女はウエイターを呼ぶ。
微笑みながらウエイターは、アイスクリームを持ってきた。
『どうぞ』
『あーん、また負けた! これじゃあお腹壊しちゃうわ。もう6つ目』
『そうねぇ……じゃあ、早瀬さん! 奥様の面倒見てあげて?』
壁の傍で立ち、女性陣の様子見ていた良平は、王女の突然の提案に少し面食らったように王女を見る。
『ほら、食べてあげて』
SPも含めた全員が良平に注目する。良平はみんなの顔を見回した。
『……しょうがないな』
そう言い、直美の方に近づくと手からアイスクリームの皿を取り、飲み込むように食べた。
『よし! じゃあ次ね! 今度こそ勝つわ』
直美が元気よく言った。
ゲームが進むと、それまで他人事のように突っ立ていた優にまでお鉢が回ってきた。立て続けに紀子が負けたのだ。
優は苦い顔をしたが、それでも仕方なくアイスを食べた。
その後、たまたま王女が負けた時にタイミングよく王女の恋人、渡辺信明がお茶とお菓子を乗せたワゴンを押して来た。
負けてアイスを手渡されている王女を心配そうに見ていた渡辺を見て、直美が命令するような口調で王女の代理人に指名する。
渡辺は驚いていたがゲームを楽しそうに見ていたまわりの応援の声もあり、場の流れのまま潔くアイスを飲み込んだ。
そのうち参加したいという女性達が何人かゲームに加わったので、その場はますます盛り上った。
そして、いつの間にか勝負をするのは女性陣だが罰ゲームのアイスを食べるのはパートナー指名された男性達というルールになり、男性陣の応援も盛り上がった。
また直美が負けた。
ウェイターは戸惑う事無く、良平にアイスを差し出す。
食べるのが男性陣に変わってから、皿に乗せられるアイスの量にも容赦がなくなっていた。
良平は苦笑しながら、周りの声援の中アイスを口に頬りこむ。
とにかく直美は弱い。本当に弱すぎた。
紀子の3倍は負けている。
さすがに、10皿目のアイスを飲み込んだとき良平はうっとなり、お茶を慌てて飲んだ。
「大丈夫か?」
優が良平を見て気の毒そうに言う。
「さてぇ! もうひと勝負よ!」
直美の元気な声にアイスを食べさせられている男性達が顔を見合わせた。そして良平が叫ぶ。
「もう勘弁してくれ!」
*
「気持ちいい」
王女が甲板で風を受けて言う。
ちょうど太陽が沈みかけていて、綺麗な夕日だ。
女性陣はうっとりとその太陽を見つめている。
良平と、優、そして渡辺は彼女たちの少し後ろに立って、それぞれの想い人を見つめていた。
『冷えてきましたね。そろそろ中に入りましょう』
優が腕時計に目をやり、言う。
『もう少し……」
王女がそう言った。
優は小さくため息をついてから紀子の横に行く。
「お前、冷え性だろ? 大丈夫か?」
「ええ」
紀子の返事を聞いてから、優は紀子の腰に手をまわし体を寄せ合って沈む太陽を見つめた。
良平も優に続くように直美の横に行く。
「お腹冷えてないか?」
「私は平気よ。心配なのは良平の方だわ。大丈夫?」
「俺は大丈夫だよ」
そう言いい、良平は直美の腰を取り、オレンジの太陽を見る。
優と良平に影響を受けた渡辺は、躊躇いがちに王女の横まで行き、そして隣に立った。
王女と渡辺の目が合う。
ふたりははにかみながら手をつないだ。
直美たちは横目でそんなふたりの様子を優しい表情で見守っていた。
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