第5話 王女とバー(1)
『あれ? 良平さん、もしかして眠れなかったのですか?』
王女は良平の顔をみて心配した顔になる。
『あ、いえ、お気になさらず』
良平はにっこり笑って言う。
良平の目の下には目立たないがくまがでていた。顔も少し疲れて見える。良平は疲れた顔に見えないように、今朝は珍しくファンデーションを薄く塗ってきたのだが、やはりよく見ると分かってしまう。
というか、普段していない化粧をしたことで余計に目立ったようだ。
育ちの良い王女様はそれ以降はその事に触れることはなかった。
その日もいつも通り、直美は王女の横につき、良平は傍で周りに目を配って過ごした。
~~*~~
その日の夜は、少しカードゲームをして遊んで来ると言い良平は部屋を出た。
直美が落ち着いて眠れるように良平なりに気を使っているのだ。
良平はカードゲームを2時間程楽しんだ後、ぶらぶらと甲板を散歩した。時間は0時前だ。
夜風が心地よく、良平は深呼吸した。
周りに人工光源がないからか、月が物凄く明るく感じる。
月の光は海を美しく照らしていた。
良平は海を間近で見る為、手すりに近づこうと足を動かした。
そのとき、人の気配がし反射的にスーツの中に手を入れ、銃のグリップを握る。危険を感じたわけではないが、警戒している仕事中で銃を持っている時には勝手に体が動く、これは自然と身についた仕草だ。
良平は、すぐに手を戻した。
その気配の正体が王女のものだと気付たからだ。
王女はひとり、海に映る月を見つめていた。
周りには誰もいない。
船の上とは言え、ひとりきりとは無用心だなと思いながら、良平は声を掛けようとしてハッとし、止めた。
王女が泣いているように見えたのだ。
その憂いをおびた表情に良平は魅せられ、無意識に見つめていた。
随分長い間、王女は海を見ていた。
そしてその間、良平は影で警護を兼ね王女を見守る。
しばらくして王女はようやく、身を翻し内側に体を向けた。
『あ……』
良平に気づき、王女は小さく声を上げる。
それから恥ずかしそうに顔を赤くした。
良平は王女に微笑む。
『……中に戻られますか?』
王女がこくんと、頷いた。
『では、お部屋までお送りします』
そう言うと良平は船内に入るドアを開けた。
『船の中とはいえ、お一人で歩かれるのは、おやめになったほうが良いと思います』
『ごめんなさい、ちょっと海が見たくなって』
『綺麗な月でしたね』
『ええ、あの……』
王女は言い難そうに良平に声を掛けた。良平は王女の顔を見る。
『少しだけ、お茶を飲みたいのだけど……』
『? お部屋に準備させますよ?』
王女の言葉の意味が何を意味するのか考えながら良平が当たり前に応えると、王女は恥ずかしそうにうつむきながらゆっくりと言葉を発した。
『……いえ、その……バーに、行ってみたくて……』
王女がバーに行きたい?
良平は、かなり意外に感じたが、とりあえずバーに連れて行った。
時間が時間だけに、客は2人程になっていた。
客が少ない事に良平は良かったと思う。
王女を連れて入ると、スタッフが皆、驚いた顔をして二人を迎えた。
佐々木がすぐに出て来て応対した。
『いらっしゃいませ、お席は……』
「テーブルでお願いします」
良平が答え、ふたりはテーブルに案内されて席についた。
『何をお飲みになられますか? 王女』
佐々木が丁寧に聞く。
『えっと……あの……紅茶ありますか?』
『ええ、暖かいものを?』
『はい』
『僕も同じものをお願いします』
良平がそういうと、佐々木は頷いて去る。
王女はキョロキョロ辺りを見回していた。
珍しいのだろうと良平はしばらく黙って観察していたが、王女の表情が急にぱあっと明るくなった。
何かを見つけたのだろうと、良平はそっちを見た。
しかし、そこには数組の客が談笑していたり、船のスタッフが飲み物を運んだりしているだけで特別なことは無かった。
誰かが王女を見つけて微笑みかけているという事もなく、王女が何をみて笑みを作ったのかは分からない。
『……どうかしましたか?』
『あ、いえ、なんでもありません。バーは初めてなので』
王女は明るく微笑む。
明らかにさっきまでの王女とは雰囲気が違っている。
良平はもう一度王女が見ていた方向を見たが理由はわからなかった。
『クス、本当に何もありませんよ。こんな時間でもみんな起きているのも新鮮なのです。こんな遅い時間なのに、沢山のスタッフがはたらいているし……』
王女は少し楽しそうに言った。
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