第10話 クルーザにて

「あぶない!」

 ナイフを持った男が勢いよく良平にナイフを振りかざしたのを見て周りの客の誰かが叫んだ。


 良平はギリギリそれをかわしたが、ナイフをもった殺し屋は間を置かずに激しく攻撃し始める。


 良平はなんとか相手の腕をとりたいがナイフを持つ相手なので簡単ではなかった。

 今は激しく良平が責められている状況だ。


 客やスタッフたちは、逃げ腰ながらふたりから目が離せないようで、その場から完全には離れずに格闘を見つめている。

 何人かのホテルの警備スタッフや体格の良い男性客がなんとかしないといけないと思ったのか、おろおろしながらも格闘中のふたりの近くに寄って来はじめた。


 傍まで来た男性のひとりが直美を危険な場所から遠ざけようと腕を掴んだ。

「君は離れていた方がいい」

 そう言い、数人の男性が直美を囲むように保護しようとする。


 その様子を目の端でとらえた良平が、男と激しく取っ組み合いながら声を上げた。

「車!」


 その声を聞き、直美ははっとして、自分を守ろうとしてくれる男達からすり抜け、ホテルの外に向かって走り出した。

 

 この状況では、皆には直美が男を置いて逃げたように映ったかもしれない。

 皆は走り出した直美に一瞬驚く。しかし、ナイフを持つ男から目が離せないので直美を追う事もなく、皆、激しく格闘するふたりの方をみていた。

 何人かの男達は、なんとかナイフをもつ男を取り押さえられないか考えているのだろう、格闘するふたりの傍でウロウロしている。


 酷い事に殺し屋は一人ではなかった。

 突然、別の男がまた飛び出して来たのだ。しかもふたり。

 居場所が公開されているので、時間が経てばもっと増えるかもしれない。


 この3人は、あまり質のよい殺し屋ではないらしく、良平は怪我を負わされることなく、なんとか攻撃をかわしていた。

 大した相手ではないが、人目も考えずに襲ってくる相手をかわし続けるのは大変な重労働で、良平は銃で撃ちたい衝動にかられる。


 良平がそんなことを考え始めた時、やっと覚悟を決めたらしいホテルの警備担当者が、殺し屋たちのすきを見て飛び込んで来た。

 それに驚いた殺し屋たちの攻撃の手が一瞬緩まる。


 良平はその一瞬を逃さなかった。

 まず、男のひとりを殺さない程度になぐり倒す。

 それからすぐに、驚いて足が止まったナイフを持つ男の腕を取り、容赦なく腕をまわして折った。


 鈍い音がして男がうめき声をあげる。

 

 ナイフを持つ男を抑えたことで、手を出しかねていた男達が一斉に殺し屋達を抑えようと飛び込んで来た。

 

「だれか! 足を抑えて!」

「ナイフ! ナイフを拾って!」

「あばれるな!」

「誰か警察にはもう連絡しているよな!?」


 いろんな叫び声がして騒然とする中、すこしほっとして良平は動きをとめて何度も大きく息をする。

「大丈夫か?」

「怪我は?」

 何人かが心配して良平に声をかけて来た。

「はあ……ええ、大丈夫です。すみません、ありがと……」

 良平はホテル前に車が止まり、助手席のドアが中から開けられるのが見えた。

「あと、よろしくおねがいします!」

 良平は心配してくれる人にそう言うとすぐ、逃げるようにホテルの外に走り出した。


 殺し屋の男がひとり、取り押さえている男達の手を振り切ってすごい形相で追いかけてきたが、ぎりぎり追いつかれずに良平は車に乗りこむ。


 直美は、良平が車に乗ったことを確認すると、ドアが閉められる前に車を発進んさせ、勢いよくその場を去った。


 助手席で息を切らせながら良平は自分の持っている電話と、電子手帳をポケットから出し、窓を少し開けてそこから捨てる。


 それから窓を閉め、後ろを見た。


 大丈夫――

 追ってきている気配は無い


 良平は少しほっとしてシートベルトに手を伸ばした。


「港に向かえ……クルーザに乗る」

 良平は息を切らしながら運転席でハンドルを握る直美に言う。


 直美は大きな瞳を前方に向けながら、心配そうな声で聞く。

「怪我は?」


「大丈夫だ。あいつら素人に毛の生えたレベルの殺し屋だよ……」


 ~~*~~


 夕方、日が落ちかける頃にクルーザを停泊させているマリーナに着いた。

 勉が先に到着していて、すでに出航準備を整えて待っていた。

 3人はクルーザに乗り込んですぐに出航する。


 海に出て岸から十分離れてやっと少し落ち着いた。


「お腹すかない? 何か作ろうか?」

 キャビンでボーっと3人は座っていたが、突然、直美が思い出したように言った。


「あ、ああ。そう言えばほとんど何も食えてないな」

 良平が答えると、勉が立ち上がった。

「俺が作りますよ」

 勉がそう言ったが、直美がさっと立ち上がった。

「いいよ、私が作るから座っていて。ビール飲みながら明日からどうするか相談しておいてよ」

 直美がそう言うと、勉は確認するように良平を見た。

 良平はそうしようと言う意味で微笑み頷く。


 勉は冷蔵庫から缶ビールを2缶だし、ひとつを良平の前に置いた。

 良平はサンキュといい受け取る。


 プシューッ!

 蓋をあけると、いい音がして喉が待ちきれない気持ちになってすぐに缶を口に運んで飲む。

 

 ゴクゴクゴクゴク

 「ぷはー、うまいっつ!」

 良平はうれしそうに言う。直美がわらって「完全におやじね」という。

 直美の言葉に微笑みながら勉も缶を開けて飲んだ。


「あれ? ノンアル?」

勉の缶を見て良平が聞いた。勉の持っている缶はノンアルコールビールの缶だ。

「クルーザ運転しなきゃだから、一応ね」

「あ、ああ、そっか。3人だけだもんな。おれも一缶だけにしておくよ」



 直美が料理を運んできたとき、テーブルには地図が広げられていた。

 二人は直美の姿を見て、地図をよけて料理を置けるようにスペースをあける。


「美味そうですね。いただきます!」

 勉が言う。

「どうぞ、食べてみて」

 直美が微笑んで言うと、勉はすぐに箸をつけた。


「うまい! 美味しいですよ」

「でしょ?」

 直美は嬉しそうに言った。


 ~~*~~


「という事は、あと9日間、暗殺依頼の出てる期間中ずっとここで過ごすってこと?」

 直美が湯飲みを置いて、確認した。


「ああ。それがいいと思ってる」

 良平が答える。

「まあ、そうね。ほんと今日は長い1日だったわ」

 直美は疲れをほぐすように腕をまわした。


「お前……家に連絡しなくていいのか?」

 良平が少し心配そうに直美に言った。

「スマホのGPSでどこにいるかは分かっているはずよ、大丈夫よ」

 直美はそう言いながらぐっと腕を伸ばす。

「そのうち優おにいちゃんが来てくれると思うし、それまでここで大人しく待ってましょう」

「そうだな」 

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