第11話 夜の海を逃げる

 食事の後片付けを3人でサッと済ませた後、勉が直美と良平に眠るよう促した。


「疲れたでしょ? 奥の寝室で眠って下さい。俺が見張りをしますから」

「俺はここで寝るよ。直美、ベッドで寝てきたら?」


 良平がそう言うと直美は素直に奥に入った。

 良平は直美が寝室に入った後、ソファーに寝転ぶ。


「一緒に寝てくりゃいいのに」

 勉が冷蔵庫からコーラの缶を取り出しながら言う。


「お前、一度、一緒に寝てみな……」

 良平は欠伸をしながら言う。

 勉はその言葉を聞き少し興味ありげに良平の方をみた。

「もしかしてあの噂、本当なのか? 彼女……傍に寄る男を殺してから眠りにつくって……」

「ああ、本当だよ」

 良平は答える。勉は良平が横になっているソファーの前のソファーに腰かけ、缶の蓋を開けてコーラを飲む。

「あんた、一緒に寝たことあるよな?」

「ああ、あるよ。どうやら俺は信用されているらしい。でも、今、横で寝たら信用を裏切るはめになっちまいそうだからな」

 良平はそう言い目を閉じた。それからすぐ目を開ける。

「……お前、直美の前だと態度が違うな……」

「そりゃあ、一応、あんたを立ててあげないといけないかと思うし」

 勉の答えに良平はフッと鼻で笑い、それからまた目を閉じた。


 ~~*~~


「……っ! 早く……!」 

「……勉! ……慌てるな! 先ずは明かりを全て消せ!」

「直美! 起きろ!」


 酷く慌てた叫び声で直美は目を覚ました。

 直美の目が開くのと同時に良平が直美の腕を掴んで体を起こす。


「これを!」

 勉が良平にライフジャケットを渡した。

 良平はそれを急いで直美に着させる。


「なに? どうしたの?」

 直美は寝起きで何が何か分からず良平にされるまま、ライフジャケットを身に着けさせられる。


「時間が無い! 急げ」

 そう言い、良平は自分もライフジャケットを着ると直美の手をひっぱった。


「はやく!」

 勉が二人をデッキから呼んだ。


 直美はヘリの音がしてることに気が付いた。

 慌ててデッキに出た直美が空を見上げるとヘリらしき光がこちらに向かって来るのが見える。


「くそ、なんでここの場所まで……」

 良平が悔しそうに言う。

 その言葉に直美がはっとした。


「わ、私のスマホ?」


 良平と勉が直美を見る。


「剛さんなら……私のスマホを知っているわ……」

 良平と勉は直美の言葉に納得したような顔になった。


「ご、ごめんなさ……」

 直美が青くなり、泣きそうな顔になる。


「ばか、気にするな! 逃げるぞ!」

 良平は直美の腕を掴んだ。


「直美、スマホを捨てろ!」

「うん」

 直美は手早くスマホを海に投げた。


 ヘリがかなり近づいて来ているのを見て勉が叫ぶ。

「やばい、はやく!」


 良平と勉は直美を海に飛び込める場所に連れて行った。

 そこで直美が海を見て怯えた顔になる。


「直美、心配するな……俺がいるからな」

 良平は怯える直美に可能な限り落ち着いた声で言う。

 直美は頷いた。

「よし、いくぞ」


 ヘリが真上近くまで来て、ライトを照らし始めた。

 3人はなんとかライトに照らされる前に、海に飛び込む。

 そして、船から離れる為に懸命に泳いだ。


 しばらくし、後方から銃声が響く。

 上から機関銃のようなもので船を撃っているような音だ。


 3人はその音に振る返る事なく、とにかく必死で泳ぐ。良平と勉は直美の両側について、直美を押しながら進んだ。


 少しして大きな爆音がして、後方が明るのなったのがわかった。

 慌てて、勉は海に顔をつけ、頭を隠す様にする。

 良平も直美の頭を押さえ、一緒に海の中に頭を隠した。

 すぐに爆風で飛んできたクルーザの一部が3人の頭の上をかすめて通り過ぎた。


 ~~*~~


 長い時間泳ぎ、良平と直美はやっと岸に近付いた。


 砂浜になっているエリアの方に泳ぎ、背が立つところまで来た時には、直美の意識は朦朧としていてフラフラだった。

 季節は冬だ。

 今日はかなり暖かいい日だったとはいえ、冬の海は容赦なく二人の体から体温を奪った。その上、海から上がろうとするふたりの体に当たる冬の空気は海の水より冷たく、更にふたりの体温を奪って行く。


 いつのまにか勉の姿が見えなくなったことに気が付いていたが、良平に勉の所在を確認する余裕はなかった。

 良平は直美の腕を自分の肩にまわさせ、腰をかかえながら砂浜に向けて歩くが、消耗している直美は水が腰より下になると何度も倒れかけ、溺れそうになる。

 良平はそれを必死に何度も救い上げ、しまいには両腕で直美を抱きかかえて砂浜に上がった。


 砂浜にたどり着くと良平は直美を砂浜に降ろし、いきなり直美の口に指を入れた。

 直美は驚き少し抵抗するが、良平は足と片方の手で直美を抑える。


「全部吐くんだ、直美」

 良平はそう言い、容赦ない。


 飲んだ大量の海の水が直美の口から吐き出された。

 直美は苦しそうに泣きながら海の水を吐いた。


 水を吐ききってぐったりしている直美を両手で抱き上げ、良平は小さな猟師小屋のような所に入った。

 鍵がかけられてなくて幸いだが、毛布もなにもない。

 しかし、大きめの七輪がおいてあった。


 良平は寒さで震えかじかむてで自分の服を探り、早瀬のエージェント達が使っている完全防水のライターを出して火をつけた。


 それから意識を失いかけている直美を火の傍に寄せる。


 良平は濡れた自分の服を脱ぎ始めた。

 Yシャツをかたくしぼり、水を切ると、小屋の上部にある木に広げて干した。ズボンとアンダーシャツと靴下も同じようにする。

 下着のトランクスは一度脱ぎ、固く絞って火の傍で水気をある程度蒸発させたあと、まだ少し湿っているがそのまま着た。


 それから良平は直美の服を脱がしにかかる。

「い……や……」

 うなるように言う直美を無視して、直美のオープンシャツを脱がし、しぼって干す。

 それからスカートと長い靴下も脱がせ、これも同じようにした。


 下着姿になった直美は身を小さくして震えていた。


 良平は少し干していた自分のアンダーシャツを火の傍に持って行き、水気をある程度とって、濡れた直美の体を拭く。

 火で温かくなったアンダーシャツで摩擦するように拭くが、直美の震えは止まらない。


「さむい」

 直美はぶるぶる震えている。


 良平は少し躊躇ったが、直美のキャミソールとブラを外し、キャミソールを火に近付けて乾かした。

 幸いすぐに乾いたので直美にキャミソールを着せる。

 直美は火の傍であたたまったキャミソールに少しほっとしたような顔をした。


「すぐ暖かくなるからな……」

 そう言い、良平は直美の体をさすりながら抱きしめる。

 直美も少しでもぬくもりを得ようとするのか、無意識に震えながら良平の方に身を寄せた。


 部屋が暖かくなると直美は良平の胸に身を預けた状態で、安心したように寝息を立て始めた。

 良平は先に乾いた自分のアンダーシャツを直美に着せ、直美が少しでも暖を取れるように自分の体で包み込むように抱きしめ、背中をなぜ続けた。


 明け方、まだ暗い時間に、はぐれていた勉が姿を現した。

 彼はふたりの無事な姿を見ると本当に安堵した様子だ。


 そして、さすがに南の孫だけのことはある。

 勉は少し眠っていてくださいと言って出て行ったと思ったら、どこで調達したのか着替えやら食料をそろえて戻ってきた。

 しかもこの時間に車まで調達してきたことには、さすがの良平も頭が下がった。


 勉は、コンビニを探してたら、ラッキーなことに24時間営業のレンタカーの店をみつけたと笑って説明した。


 この業界、こういう運を持っている奴が少なからずいるが、勉もそういうらしい。


 良平は直美を起こした。


 直美は良平のシャツしか着てない事に気付き恥じらうような仕草を見せたが、状況が状況なだけに何も言わず、勉の調達した新しい服を着た。

 良平も着替えると、3人は車に乗り込み、その場を離れた。


 車の中で3時間ほど良平は眠った。


 うとうとしただけだと思っていたが、気付いたら3時間も経っていて、あたりの様子はすっかり変わっている。

 車は都心のラッシュで渋滞気味の道をのろのろと走っていた。


 直美はまだ眠っていた。

 海で体力を相当消耗したし、海水を大量に飲んでいたので体調が悪いのかもしれない。

 とりあえず勉も眠らせないといけないと思い、良平は勉と運転を代わって勉を眠らせた。


 しばらくして直美が目を覚ました。

 目を覚ました直美は十分休んだから今度は自分が運転するといい、直美が運転することになり、良平はもう一度眠った。


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