第8話 報道される内戦

『お茶を……運んできました』

『おう、入れ』


 姿を現したのは王女の恋人、渡辺信明だった。

 渡辺は二人を監視している男たちにコーヒーを入れ差し出す。


 それから王女と直美にもカップを準備し、お茶を淹れる。

 王女と直美にはコーヒーではなく、カモミールを用意したようだ。


 直美は目の前のテーブルにカップを置いてくれている信明を見た。

 渡辺は強い意思を感じさせる瞳で直美を見返す。

 その目を見て、直美には渡辺に何等かの意図があると分かった。


 それから渡辺は表情を緩め、優しい目を王女に向けた。

『大丈夫ですよ、王女……』

 そう言いながら王女の前にもカップを置く。

『みんなが、ついていますからね……』


 ただの船員の彼が強くなっている……

 人を愛するって、凄いことなのね


 直美は二人を見つめながら切なくなった。


 ふたりは……

 王位なんか捨てて逃げようとしていたのに――

 どうしてこんなことに!


 ~~*~~



 街の銃声は一向にやまなかった。


 王政を廃止しようという信念を持った者も多かったが、王の人気も高くどちらも引かない状況だった。


 市民に犠牲が出ている。

 どちらの思想が正しいのか、正解が何か、多分誰にも分かっていない。


 最初は混乱していて、報道でも何が何か分からない状況だったが、少しづつ正確な報道もされるようになってきていた。

 海外メディアの放送内容をみていると、実際には市民のほとんどが、軍政には反対していて、東軍への協力を拒否しているようだと伝えていた。 

 そして、市民の一部は、国民の生活を優先させる政治を行ってきた王の命を守ろうと、王宮殿に集まり盾となっているという状況がが伝わり始めていた。



 =女性や子供、一般市民が、多く犠牲になっている模様です=

 TVの中で知的な顔をした美しい女性が少し怒りを含んだ声で伝える。


 =王は国民から支持されており、軍政を嫌う国民が東軍に抵抗しているようです=


 女性キャスターの声を聞きながら、TVの画面を覗いている男たちが舌打ちした。


 =外国人を逃がすための臨時航空機が多数出るようです。アメリカは3機の護衛付の輸送機を準備させたと発表がありました。今回は民間ではなく軍の輸送機を使うようです=


 TVのひとつに女子供の死体が映った。


『よく見なさいよ!』

 直美は叫んだ。


『あんたたちが望むのはこんなことなの!?』

『うるさい!』

 男が直美を殴った。それを見て、王女が悲鳴を上げる。

『直美!』

『ふん……所詮、女を殴るしか能がないんじゃないの?』

 直美は乱れた髪を掻き揚げながら言う。

『なんだと!』

『よせ!』

 男の一人が止めた。

『何が正義よ。笑っちゃう……あんたたちただの人殺しじゃないの』

『この女!』



『こんなに腫れて……』

 王女が直美の顔を冷やす。


『初めてです……こんなに、ぼこぼこにされたの』

 直美は痛みを堪えながら微笑んだ。


『無茶しないで、貴方に何かあったら良平が悲しむわよ』

『……』

『分かっているでしょ?』

 王女の言葉を聞き、直美は良平の顔を思い出した。それから優の顔も。

 きっと二人は直美を殴った男を許さないだろう。

『そう……ですね』


 突然、直美はまわりが静かになっている事に気付いた。

 直美は顔を上げ、監視の男達を見る。


 男達は眠りこんでいた。


『凄い……、一体何飲ませたんだろ』

 直美は感心するようにそう言い、男達の方に行く。


 確かめるようにそっと触れ、様子をみてから大丈夫と判断した直美は男達から武器を奪った。


『逃げましょう』


 直美は王女の手を掴んでひっぱり駆け足でドアまで行き、ドアを開けた。

 そしてドアを開けた途端、男の気配がしてドクンとする。


『王女!』

 男は、渡辺信明だった。

『信明!』

 王女は渡辺の姿を見て叫び、飛びつくように抱きしめる。


『今は、時間が無いわ、行きましょう』

 直美は抱き合う二人に向かって言う。

『どこに?』

 王女が直美に聞く。


『船の外に出て、なんとか王女の安全を確保しましょう』

『まって! ダメよ! 良平や他の乗客を助けなきゃ!』

 王女が叫びながら直美の手を掴んで止める。

『……』

 直美は王女を見た。


 普段なら、まずは警護対象者を安全な場所に避難させることが優先だが、今は緊急事態で外に出たところで安全を確保するのも難しい。

 確かにむやみに外に出るよりも、船を制圧する方が良いかもしれない。


 直美は頭の中でそう考えて、王女を見て頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る