第7話 私達の国を助けて

 ほとんどのシージェック犯たちがTVに見入っている中、上下黒い服を着た男が優に近寄ってきた。

 手を縛っていた縄が緩められている事に気付かれないよう、皆緊張を高める。


『君は何者だ? なぜ銃を持っている?』

 男が優に聞いてきた。


『……私は外務省の者です。王女のお世話の為に乗船している』

 優が答える。

 この言葉が銃を携帯している理由にはならないが、相手は所詮外国人。

 細かい日本の法律など知らないだろうと踏んで、優は多くは話さない。


『……君の部下はこれで全部か?』

 男は優のまわりの、後ろ手に縛っている男たちを見て聞く。

『そうだ』


『ふん……』

 そう言い、ひと呼吸おいてから、男はいきなり優を殴った。


 優は口を切り、男を睨みながら血をぺっと吐く。


『その目、お前、ただ者じゃないだろう?』

 男が言う。

 それから男は端にいた紀子の髪を引っ張った。

『きゃあ!』

『この女も、部下だろ? ずっと監視していたから分かっているぞ』


 くそ……


 優は心の中で舌打ちする。

 男が手をあげ、紀子を叩こうとした。


『やめろ!』

 優が大声で止める。


『その人は普通の外務省の職員だ! 要人が女性なので同行しただけだ。頼むから女性に暴力はやめてくれ!』


『ふん』

 優の言葉に、男は殴るのをやめた。

『他に隠してはないな?』

『ない』

『まあいいだろう。……それで? お前も外務省か?』

 良平に向かって言う。

『私は、宮家と関わりのある者だ。今回は王女の相手をするということで、呼ばれたんだ』

『なるほど、王女と同じ種類の人間か……』

『残念ながら、税金で食べている訳ではないがな』

『ほお、そうか……。なら、あんたも俺たちに協力してくれるよな? ……期待しているぞ』


『妻は無事なのだろうな?』

『妻? ああ……無事だよ。今は王女と一緒にいる』




 TVに、戦闘の最前線の様子が映った。

 王宮近くでは王軍と東軍で戦闘が起こっているようだ。


 すぐそこで行われているこの現実に、船の乗客たちはその様子を見て息を飲む。


 王を護ろうとする者達と反乱軍は激しく衝突していた。

 王宮がある街の道路では戦車がゆっくりと王宮に向かって移動しおり、怯えて逃げる市民達の姿が映し出されている。


 *



 王女はTV画面を見ながら手を合わせていた。


『神よ……命を……一人の命も奪わないで……どうか』


 王女の言葉が心からのものであることは見てすぐに分かった。

 手にギュッと力を込め、目を閉じ、必死で祈っている。


 直美は切ない気持ちになってそれを見つめた。


 この港から、高台の王宮がよく見える。

 カメラマンは豪華客船と、王宮とをカメラに収め続けていた。


 船の窓からも、遠くの爆音がかすかに聞こえ始めていた。



 短時間の間に、激しい銃撃戦が行われ、多くの人が銃撃戦で亡くなっているようだった。


 クーデターを起こした東軍側がTV局を同行させていて、リアルタイムにそれを報道させている。

 画面の右下に推定死傷者数を出していて、それが分単位でカウントアップされていった。


 TVの放送は東軍側は自分たちの正当性を世界に知らしめることを目的にしているのだろう。

 推定死者数のカウントは、東軍と市民を合わせたカウントと、王国軍サイドに分けられている。

 その数字がどのぐらい正確な数なのか分からないが、東軍と市民を合わせたカウントがどんどん上がっていた。



『どうして……どうして殺すの?』

 直美はたまらなくなって自然と口に出ていた。

 男は直美の言葉を聞き、顔を見合わせて答えた。


『戦うのは、正義と自由のためだ……そして人を殺してきたのは王達の方で、われわれはこれまでずっと虐げられてきたのだ』

『だからって、こんなやり方は間違っているわ!』

『おまえたち日本人には、分からないのさ』

 男は視線を外してそう言った。



『お父様が心配だわ……』

 TV画面を見ながら王女が小さな声で言った。

『王女……』

 直美は王女の気持ちを察し、辛そうな表情になる。


『ねぇ、どうやったら……どうやったら日本のようになれるの?』

 王女はすがるように直美を見た。

『王女……』

『どうすれば、日本のように戦争を放棄し、そして穏やかで平和な国になるの!?』

 王女の目から涙がこぼれた。

『日本には……天皇家も存在してるし、でも民主主義で……。そしていろんな宗教が喧嘩することなく存在している……ねぇ、どうすればそんな風になれるの?』


『日本は身をもって分かっているから……戦争がどれほど悲しく愚かなことかを。みんな、戦争がどれほど辛く怖いことか分かっているの。そして自分が幸せになる為には、周りの人も幸せでなければいけないという事を多くの人が子供の時から教えられて育つのよ。ちゃんと謝る事や、お礼を言う事、皆で使うものは順番に譲り合って丁寧に汚さず綺麗に使う事を教えられるの』


 直美の言葉に王女は少し顔を下に向ける。

『私たちも同じようにしているはずなのに……変わらない……』

『王女……』


 王女は顔をあげ、今までとは違う強い意思を感じる表情になった。

 直美はその顔を見て少し身構えるような気持ちになる。


『直美、実は……お父様が言っていたの。王政を廃止して民主制に移行したいと……』

 直美は王女の言葉に驚く。


 王女は続けた。

『そういう体制に持って行こうと準備を始めていたの……日本と同じように国民が議員を選んで国民の代表が政治を担っていくように変えようとしていた。……でも、そういう事を計画しはじめた途端に体調を壊したの』


『・・・・…それって』

 民主化に反対する人物による妨害ではないのか?


 直美の頭に瞬時にそういう考えが浮かんだ。


『直美……助けて……この国の人たちを』

 王女がすがるような目をして言う。


 これは、あまりにも大きすぎる――

 私達の力でどうにか出来る範疇を超えている……


 直美は悲しくそう思った。


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