第2話 出航 豪華客船の旅のはじまり
「すっごーいぃ」
直美は船室に入った途端、感嘆の叫びを上げた。
良平達がそれを見て苦笑する。
「憧れたとおりね。素敵な部屋! ベッドルームに、広いリビング。テラスもあるし、使用人部屋もついてる。すごいセレブ部屋」
「セレブの役どころだからな。……ボロ出すなよ」
微笑みながら良平が言う。
「うん。頑張る!」
部屋を見て直美は妙にやる気満々になっていた。
それなりの量の荷物を片付け終わった頃、王女の部屋から使いが来てお茶を一緒にと、王女の招待を受けた。
直美と良平は、紀子と祠堂を伴って王女の部屋に行き、少し緊張気味に特別室に足を踏み入れる。
ウェイティングスペースで待っていると、その場にいた王女の側近の一人が、二人をみて嫌味を言った。
なまりがあって聞き取りにくいがフランス語だ。直美たちには分からないと思ったのだろう。
=まったく……どこの馬の骨とも分からない連中をガードに付けるなんて日本政府もお安いことだ。こんな子供みたいな女とやさ男にガードなんて出来るのか?=
直美は顔色を変えた。
良平は微笑み、そっと直美の手を持つ。
「心配するな……」
直美は良平にしがみつきたい気持ちになるが、気持ちを抑える。
『They hear your words, Baron Jendattle.』
美しい声で奏でられるような英語が聞こえ、直美と良平は声の主を見た。
『They seem to be able to understand our official language』
王女がジェンダトル男爵に少しきつい目を向けると、男爵は恐縮したように焦り頭を下げた。
『I……,I apologize to you.』
王女は視線を男爵から外し、申し訳なさそうな表情で直美と良平の方に視線を移した。
王女がふたりを見たタイミングで、ジェンダトル男爵はバツが悪いのか、すこし咳払いをして、右手を恭しく王女の方に向けた。
『あ〜、こちらはスーバルア王国第一王女、エリザベス殿下であらせられます。どうぞ、礼を尽くされますように……』
良平と直美は直ぐに頭を下げた。
そして良平が挨拶をする。
『はじめまして、今回護衛を担当させていただく早瀬良平と申します。そしてこちらは吉良3Sの吉良直美です』
『吉良直美と申します。お会いできて光栄です王女殿下』
直美は丁寧に西洋風にスカートをつまんで挨拶する。
『それから、このふたりも護衛メンバーで、祠堂と、坂本です。普段は我々の従者として一緒に行動し、御身を護衛させていただきます』
良平が後ろに立っている2人も紹介した。ふたりもそれぞれ挨拶をする。
王女は全員の挨拶を聞き終わると、柔らかい笑みを浮かべる。
『先程は従者が失礼な事を……お詫び致しますわ』
『何のことですか王女?』
良平が柔らかいえみをうかべて言う。
『我々には何も聞こえませんでしたが……何かうありましたか?』
良平の言葉を聞き、王女の表情がぱあっと明るくなった。
『嬉しいわ、あなた方のような方とご一緒できるなんて! どうぞ奥にお入りください』
~~*~~
リビングに通され、ソファーに座ってからもまだ、直美は美しい王女に見とれていた。
ゆっくりと紅茶をかき混ぜるその仕草も、カップに口をつけるその姿も、本当に神々しく美しい。
直美の視線に気づき、王女は優しく直美に微笑んだ。
直美は王女と目が合い、赤くなる。
『可愛い方ね。直美さんとお呼びしてよろしいですか?』
『あ、……はい、勿論です』
『そんなに緊張なさらないで。……この船にいる間はお友達として接してくださいね』
『は、はい』
『ふふ、本当に可愛らしい方! 私、妹のように接してもいいかしら?』
『え? はい』
完全に緊張している直美からは、「はい」という言葉しか出てこない。
そんな風に照れている直美を微笑んで見つめてから、王女は良平の方に視線を移した。
『今回は本当に、ご面倒をおかけします。貴方がたは日本の古くから続く、由緒ある特別な身分を持つ一族の方々だと聞きました……』
『それは外務省が貴方を安心させる為に言った事です。今の日本では、特別な身分と言うのは、皇族の方々以外にはありません。我々は、日本の国の為に働く一族の人間で、家業として代々、特別な権限をもつ職種についているというだけです』
良平は微笑み、答える。
『そうなのですが? 護衛の専門家ということなのかしら。そんな方に傍に居ていただけるのですから、安心ですね』
『……やはり、危険を感じていらっしゃるのですね?』
王女の言葉を聞き、良平が質問した。
『ええ、……私たちの事情は、ご存知ですわよね? 同じ血族で争うなどお恥ずかしいお話です。平和な日本の皇族の方々羨ましい』
『……』
良平は王女の言葉に少し顔を曇らせ、それからまた笑顔になる。
『血族同士の争いは、高貴な家でだけ起こるものでもないですよ。小さな争いはどこででも起きるものです。きっと特別なことではありません。憂うことなくお過ごしください。王女がこの船で安心して過ごせるよう我々4人が常に傍におりますから』
『ええ……有難う』
~~*~~
船は夜になってから出港した。
お祭りのような騒ぎで、直美は王女の警護の事も忘れて楽しんでいるようだ。
『楽しい?』
直美の様子を見て王女が聞いた。王女は楽しむ直美を見て嬉しそうだ。
直美は恥ずかしそうに頬を赤くしながら『はい』と返事をした。
夕食時、直美と良平は王女の友人として、王女の後に続いてウェルカムパーティが開かれているホールに顔を出した。
皆が拍手で迎える中、王女と共に席に付き、船長やいろいろな人たちと言葉を交わし楽しみながら食事をした。
~~*~~
「疲れたー」
直美は部屋に戻るとソファーにドンと座った。
「お疲れ様です、お嬢様」
祠堂がふたりを迎えて言う。
「よく頑張ったな……ちゃんとお嬢様できていたぜ」
良平が言う。
「本当に?」
直美は良平の言葉を聞き嬉しそうに言う。
それからすぐ少し顔を曇らせた。
「でも良平は、さすがだよね……全然動じてない」
「ま、一応、俺んちは格式だけはあったからな。いろいろ、面倒臭かったけど」
元々、吉良家より早瀬家の方が皇族に近いところにあり、格式も高い。
皇族の警護でも、一番傍で警護をするのは、必ず早瀬の役割であり、皇室からの信頼も厚かった。
なので、皇室の方々とも自然に顔見知りになり、恋人との逢瀬をこっそり助けるといったプライベートの頼み事をされるなど、浅くない交流をするようにもなる。
だから、早瀬の宗主の子息である良平は、当たり前のようにこういう場にも慣れているのだ。
「お嬢様も……由緒正しいお嬢様ですよ。我々から見たら姫君です」
祠堂が水を持って来て言う。
「でもさ、やっぱり違うわ。うちはやっぱり成金っぽいもの……」
直美がそう言うと、良平がいきなり直美の頭をくしゃくしゃとした。
「きゃ!」
「何をつまらない事を気にしてるんだ。今の日本、家柄や歴史なんて関係ないだろ?」
「そうね、確かに。逆にそんな事で自慢されたら笑っちゃうわね」
直美は良平の言葉を聞きそう言って笑った。
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