王女の夢を乗せた豪華客船

第1話 王女の護衛依頼

 さる王国の王女が韓国から日本籍の大型豪華客船に乗船し、船上で休暇を楽しむつもりでいるということを日本国政府が知ったのは半年前のことだ。


 非公式であるとはいえ、相手は一国の王女である。

 外務省は、王女のプライベート旅行を邪魔することのない範囲で、礼儀を欠くことなく歓迎の意を示そうと、乗船時にサプライズでWelcomeメッセージとプレゼントを渡す方向で準備をしていた。


 そして念のためのリスク回避対策として、不測の事態が起こった時に対応できるよう、吉良3Sから二人ほど休暇のつもりで船に乗っておいて欲しいと内閣調査室を通して依頼をしていたのだった。


 しかし――


 1週間前からこの件に関する事情が突然変わり、外務省だけでなく公安や内調まで巻き込んで右往左往する事態となった。



 その王女はあまり知られていない小さな王国の王女だった。

 現国王の一人っ子である彼女は、王位継承権第一位の次期国王候補でもある。


 その王国の現国王は現在40代後半で、積極的に外交も行う意欲溢れた人物だった。

 彼は常に国民の生活を第一に考える王であり、大幅に減税を行うなどして国民から慕われ、絶大な人気を誇っていた。

 

 王は積極的に資本主義を取り入れ、様々な改革を行っている事から、今後10年で劇的に伸びる可能性の高い国だと、国際社会的からも評価され注目を浴びていた。


 そう、1週間前までは……


 一週間前、その国王が突然倒れたのだ。


 そして、どうやら命が危ないのではないかと……噂されている。

 

 この国では、前々から女の王女が王位継承権第一位であることを快く思っていない者達がいた。彼らは王女の従兄弟にあたる青年を次期王にと推しており、王女が前にでないよう、常に王女の邪魔をしていた。


 現国王が倒れた今も、彼らは王女が国王代理として動くのを邪魔し、政治の中枢となっている元老院を自分達が掌握しようとする動きを見せている。


 その上、現国王により資本主義国家的な自由と,権利を与えられてきた国民達の中から、このタイミングで王権を廃止して王家を無くそうという過激派も出て来ているようだった。


 そう、今この王女の国は、一つ間違えれば一気にクーデターが起き、政情不安に陥ってしまう、そんな危険性のある国なのだ。

 


 そんな状態になった今、第一王位継承権を持つ王女が旅行を楽しむとは思えない。


 外遊などしてる場合ではないはずだ!


 外務省ではそう考え、当然この旅行はキャンセルされるものだと思っていたのだが……


 王女はしっかり船に乗り込んで来たのだ。


 王女が国を離れた事は非公開で日本政府にも知らされていなかった。

 日本政府がそれを知ったのはわずか3日前だ。


 突然、船の船長から日本政府に、韓国から王女を乗せ今は安全な海域を航行中だと連絡がはいった事で、はじめてこの事実を知ることになったのだった。


 それで日本政府は大いに焦った。

 王女が乗っている船は日本船籍だ。

 その船の上で万が一のことがあっては困る。


 王女は恐らく、避難する意図もあって予定通り船に乗ってきたのだろうが、船の上で命を狙われないとも限らない。

 何らかの対策を講じなければいけない!

と……、いう事で日本政府は右往左往し、慌てて吉良3Sにも泣きついて来たのだった。



 本当に……迷惑な話だよ

 と、内閣調査室に勤めている直美の叔父である守が、ため息をつきながら言ったらしい。


 当然の反応だなと話を聞いて良平は思った。

 万が一、船上で暗殺なんかされたら、日本の面子はまる潰れだろう。


 内調の守によると、王女の行動は理解しがたいらしい。


 こんな状況なので、政府は王女一行に対し、丁重に公安による警護を申し出た。

 ところが……

 王女一行は目立った事は困るとそれを断ってきたというのだ。


 しかし、断られたからといって簡単に引くわけにはいかなかった。


 王女になにかあれば、国際社会から「警護のひとりもつけて無かったとは、さすが平和ボケ日本」とまたバカにされかねない。


 何か方法はないかと思案し、吉良3Sが非公式な形で警護する方向で提案しなおしたところ、どうしてもと言うなら話し相手になる同年代の女性を友人として付けてくれるのであれば、と、ようやく許可が出たのだ。


 この面倒な仕事をまわされた吉良3Sは、何人もの優秀なエージェントを船のスタッフとして潜り込ませなければならなくなった。


 それで、新婚旅行中という設定で直美と良平を船に乗り込ませ、王女の友人として王女と合流し一緒に過ごすという設定が組まれたのだ。


 ~~*~~


「やっぱさ、私や良平が行くのはまずいんじゃないの?」

 船着場へ向かう高級車の中で直美が言った。

「殺し屋に狙われているのに」


 直美のまともなこの発言を聞き、窓の外を見ていた良平は口に出さず、そして直美の方も向かずに頭の中で答えを言う。


 直美のいう事はもっともだ

 まともな警備担当なら、絶対俺たちを参加させないだろう……


 しかし……だ

 吉良3Sは断ることが出来ないこの面倒な仕事を回され、直美のガードを任せられる優秀な人材が確保出来なくなってしまったんだろう。優さんや佐々木さんを含めた上位エージェントを配置するように内調から指示されているからな。


 娘を溺愛している吉良の親父さんにしてみれば、優さんとか佐々木さんあたりを娘に24時間貼り付けさせたいが……さすがに、国際問題の絡む重要なこの仕事から、無理やりこの二人を外す事も出来ない。

 だから、直美と俺を王女と一緒に行動させ、まとめて一緒にガードして一石二鳥を狙っている。


 ま、狙われているのは俺だけど……直美が俺から離れないから、仕方なく親父さんと兄貴で考えた解決策なんだろうさ



「この仕事はお嬢様にしか出来ない仕事ですからね……」

 突然、前の助手席から祠堂の低く心地よい声が聞こえた。


「王女は25歳……その若さで、敵だらけの世界に身をおかれ、きっとおつらい思いをなさっておられることでしょう。ですから年の近いお嬢様がお友達として、心を癒して差し上げてください」


「そっか、そうね」

「ええ。それに、周りは海です。一度乗ってしまえば殺し屋も追っては来られませんよ」

 良平は祠堂の言葉と優しい話し方に感心した。


 ~~*~~


 船には皇室関係者などが宿泊するVIP用の特別客室が1室あり、王女達一行はその部屋を使っている。


 直美と良平は王女の部屋に一番近いロイヤルスイートの部屋を用意されていた。

 今回は執事として祠堂、使用人として勉と紀子が同行している。


紀子は、直美の兄である優の婚約者だ。

兄を溺愛する直美にとっては兄を奪う女であり、あまり良い感情は持っていなかった。

直美は紀子とも付き合いが長く、紀子が面倒見の良い優しい女性である事は分かっていた。しかし直美は、優を取られると思うとどうしても許せない気持ちになり、優と紀子を困らせる態度をとってしまうのだ。


 そんな紀子が今回使用人役で参加すると聞き、直美は一瞬暗い顔をしたが何も言わなかった。

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