第8話 スタートしたゲーム

 良平と直美は直美の車で山道を走っていた。

 ここまでもすんなり来れたわけではなく、ちょっと大変だった。


 マンションを出る時、ちょうど警察が来ることに気付いた良平は窓から隣のビルに移りそこから外に出るはめになった。


 良平が隣のビルから脱出してる間に直美の方は何げない顔をしながら、服に合わない大きな良平のリュックを背負い普通にエレベータを使って1階に降りた。

 エレベータが1階に止まって扉が開くと、そこには複数の警察関係者らしき人間がいた。


 直美がエレベーターを降りるのを少しよけて待つ警察関係者を前に、直美は平常心を保っているような顔でいるが、内心はドキドキしていた。


 ホテルまで迎えに行き、お金を払ったのは直美だ。

 

 救いは直美が使ったカードが自分の個人用ではなく、吉良3Sで使っている内調発行のカードだった事だった。

 直美はさすがに良平が誰とも分からない女と使ったお金を自分のカードで払いたくなくて、いつもなら使わないカードで精算したのだ。

 本当にあの時、自分はと直美は思った。


 直美の名前はバレていないはず。

 しかし、顔は見られているしカメラにも映っている。


 だから、もしかするとカメラを確認した捜査員がいて、直美に気付くかもしれない。


 マンションの玄関でも、何人かの警察関係者と思われる人達が立っている。多分、容疑者である良平が逃げないように玄関を塞いでいるつもりなのだろう。


 直美はとても緊張した。


 しかし、直美は緊張を顔に出さず、あえて玄関で待機する警察関係者と思われる人達の顔をじろりと見た。


 ”あんたたち誰よ? めちゃ邪魔”と、声には出さないが、わかりやすく若者らしい生意気な表情を浮かべて見せる。


 警察関係者と思われる人たちは、直美のその様子をみて場所を譲るように端の方に寄った。

 そして、結果的に声をかけられる事もなく、彼らの横を通り抜け無事に外に出ることが出来たのだった。


 直美はマンションを出て停めていた車に乗り、隣のビルの入り口で良平を拾ってその場を離れた。


 ホッとしたのも束の間。

 車を走らせてすぐに、あやしいバイクに後をつけられている事に気付く。


 良平は車の通行量も多く、人もそれなりに歩いている大きな通りに出るように直美に指示し、そこで車を停めさせた。

 そして、そこでさっと良平に運転を交代する。

 

 ハンドルを握った良平は、無理な追い越しに一方通行の逆走と……

 かなり強引な運転でうまくバイクをまいた。


 直美は何度かひやっとし、怖い思いをさせられたが、バイクをまけてほっとし緊張を解いた。



 しばらく山道を走っていると、景色を見る為に車を止めれるようにしているパーキングを見つけ、そこで車を止める。


「本当にあんたが殺したんじゃないんでしょうね?」

 車が停まった後、直美が良平の方をみてそう言うと、流石に良平は気分が悪そうな顔になった。


「冗談じゃない。……俺は殺人鬼じゃねぇぞ」


「……ごめん、本気で疑ってるわけじゃないから」

 直美が良平の反応を見て、普段、やりたくもない仕事をしている良平に言う事ではなかったと少し反省する。


 しばらくの沈黙の後、良平はハンドルに手を置いたまま直美を見た。


「悪かったな、妙な事に巻き込んで」

「しょうがないわ。婚約者だしね、一応?」


 そう言ってからふたりは顔を見合わせ、少し微笑んだ。


「とりあえず、優おにいちゃんに電話して良い?」

 直美がスマホを出して電波を確認してから言う。

「ああ」

 良平はあたりに目を配りながら返事をする。


 直美は優へコールした。

 呼び出し音が聞こえる前に電話がつながり優の声がスピーカから響く。

「直美か!?」


 直美の電話はハンズフリーで車のナビに繋がっていて、直美と良平はその勢いに思わず顔を見合わせる。


「みんな心配してるんだぞ! どうしてすぐに連絡してこないんだ!」

 優の声が響いた。


「ごめんなさい、ちょっと良平の家を出るときに警察から逃げたり、その後、殺し屋らしきバイクに追われたりしてバタバタしてたのよ……それから山道に入ったんだけど、しばらくは圏外になってたし」


 **


「なんでその馬鹿から離れないで一緒にいるんだ!」

 黒塗りのワゴン車の後部座席で優が怒鳴る。

 外からの見た目は普通のワゴンだが、後部座席にいろんな機材を乗せている吉良3Sの特別車両だ。


 横の座席に座るボディーガードの今川が怒鳴る優の方を見た。

 大きな声で怒鳴る優は珍しく、今川は少し驚いた顔だ。


 **


 大きな怒鳴り声に、直美は思わず耳をふさぐように両手を耳にあてる。


「いいか直美、すぐそのバカから離れて帰って来い! 殺してもいいぞ! 俺が許す!」

 スピーカーから響く声を聞き、良平は苦笑した。


「聞いているのか、直美! 今お前のところに向かっているからな! そこを動くなよ!」

「わ、わかったから、もう電話きるわよ。ここでまってるから」

 直美はそう言って電話を切った。


「GPSで場所は分かっているみたいね」

 直美は良平の顔を見て言う。


「……兄貴、かなり切れてるな」

「みたいね……」

「おれ、お前の兄貴に殺されるかもな……」

「バカなこと言ってないで、殺し屋たちをどうするか考えなさいよ」

「どうするって……10日間逃げ切るしかないだろ? どうせ、これは剛のやつが考えたゲームみたいなもんだ」

「陰険ね……」

「ああ、あいつは昔から陰険なんだ」

「知らなかった。そんな風には見えなかった」


「お前には本気で惚れてたからな、あいつ」

 良平がそう言うと直美は良平の顔を見た。

「…………」


 良平は直美が自分を見た事に気付かず、前を見たまま続けて言う。

「あの野郎、吉良の親父さんが俺に直美をやるって言ったことが、相当悔しかったみたいだからな……」

 

「私のせいじゃないわよね?」


 直美の言葉を聞き、良平ははっとし、しまったという顔になった。


 良平は余計な事を口にしてしまったと思い、直美の顔をみて慌てて否定する。

「違う。関係ない。悪い、つまらないことを言っちまった」


「……うううん。わたしも余計なこと言ったわ」

 焦ったように否定する良平を見て直美はそう言い、少し口角を上げて見せた。

 そして、お互いが視線を外す。


 良平はしばらくの間前方を見つめていたが、突然、直美の方を見た。


「俺たちこれから、こういうつまらない話を沢山しよう」

「え?」

 直美は驚いた表情を良平に向ける。


「お互い隠し事しないで、なんでも話そうぜ」

「……嫌だわ」

 直美は少し照れながら言う。


「もし、もしもよ。……私たち本当に付き合って結婚するなら、私、良平が他の女と仲良くしたことなんて知りたくないし聞きたくない。……たとえ仕事での事でも」


 良平はうつむき加減で話す直美を見つめた。


「……こないだだって、……こないだの良平を庇って死んでしまった子のこと、私、嫉妬して凄く悲しかったのよ? だから、知りたくないもの、良平が関係をもつ、私以外の女の事なんて」


 可愛いことを言うんだな……


 良平はそう思った。

 良平はハンドルから手を下ろし、直美の方に体を向ける。


 直美は良平が自分の方を向いたことで、自分の言った事に急に恥ずかしさを感じて照れた様子を見せる。


 良平はそんな直美の体に黙って手を伸ばした。


 ビシュン!

 変な音と軽い衝撃があり、ふたりは首だけを音のした車の後方に向けた。

 防弾になっているリアガラスに傷が入っているのが見えた。


「……」

 良平と直美は顔を見合わせる。


 良平はくそっ! と声を上げ、慌てて車を発進させた。

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