第6話 殺人依頼サイト(1)

 家に帰るとすぐ、良平は直美を座って待たせシャワーを浴びた。


 直美はブスッとしたまま、部屋を見渡す。


 1DKの賃貸マンション。

 一人暮らし向けに作られた物件のようだが、割と広い。


 どうやら、この部屋は普段あまり使ってない部屋のようだ。ベッドとローテーブル、そしてTVがあるが、あとは何枚か洋服をかけてるハンガーラックとプラスチック製の小さな衣装ケース棚が置かれているぐらいだ。


 前に借りていた部屋にあったような、ステレオはなく、CDや本等の類もおいていない。唯一、ノートパソコンだけがテーブルの上に置かれていた。


 直美は溜息をつき、ベッドに腰かけてTVをつけ、ニュース番組にチャンネルをあわせた。


 良平はすぐに風呂場から出てきた。

 服もちゃんと着替えている。


「ありがとうな、直美……ほんとうに助かったよ」

「……そうね」

「怒るなよ……」

「別に、怒ってないし」


「怒っているじゃないか」

 全く良平と視線を合わせようとしない直美の顔を覗き込むように見ながら、良平は直美の横に座った。


 それでも直美はTVを見たままだ。

 そして、視線を動かす事なく言う。

「怒る理由なんか無いもの。あんたが何しようが私には関係ないし」


 良平は前触れなく直美を横から抱きしめる。

「拗ねるなって」


 清潔感のあるトニックの香が直美を包み込み、直美は真っ赤になる。


「俺が悪かったよ、二度とこんな事はしないから」

「な、なに、言ってんの? 放して」

 直美は真っ赤になって良平の腕から逃げようとしたが、良平が離さない。

「頼むよ直美、許して」

 良平は直美の耳元に唇をつけ、甘くささやく。

 直美の心臓がドキンと脈打つ。


「俺が本気なのはお前だけだ。分かっているだろ?」


 良平の言葉を聞き、直美は心の中で「こいつやっぱり最低な男だわ。口をひねりあげてやろうか」と思った。

 簡単に、そして照れもせず「本気なのはお前だけ」なんて言う良平に誠実さなんて感じられなかったのだ。


「放さないと、殴るわよ!」

「殴ってもいいよ。お前の考えている事はわかってる。でも俺はそういう最低な男になるように教育されてきたんだ。お前にはそこは理解していてほしい……」


 良平の言葉を聞き、直美はスーッと冷めるような気持ちになった。

 それは、良平への想いが冷めるという感覚ではない。このぐらいの事で熱くなっていてはやっていけない世界で生きているという事を思い出し、怒りが一気に冷めて諦めたような気持ちになったのだ。


「分かっていて欲しい。俺が本気で幸せにしたいと思う女はお前だけだし、笑顔にしたいと思うのはお前だけだ」

「……」

 良平の言葉にはやはり誠実さを感じることは出来ない。


 だが、嘘はついていないのだろう。

 それに、多分仕事で落とす相手になら、もっと上手くやるんだろう。きっと、盲目的に信じてしまうような幸福感を味わせる違いない。

 だから、直美にこうやって正直な自分をさらけ出していてる事が、ある意味、良平が直美に対して誠実である証なのかもしれない。


 直美はそんな風に馬鹿みたいに納得して許す気持ちになってしまう自分が嫌になりながらも、心が揺れ、良平のぬくもりを心地よく感じはじめる。


 良平はやさしく直美の髪に触れ髪を片側によせて直美の首筋にやさしく触れた。直美の全身から力が抜けていく。


「良平……もう分かったから……やめて」

「し……黙って……」

 良平は寄せた髪の下から出てきた直美の白い首筋に唇をつけた。

 直美は真っ赤になって目を閉じる。

「やだ良平……」

 良平は、緊張で体を固くする直美の体を撫ぜながら、唇を直美の首筋にはわせた。

 

 =今朝10時すぎ、若い女性の死体が発見されました=


 TVから声が聞こえる。

 良平は直美の首筋を唇で愛撫しながらも、いつもの癖で死体という言葉に反応して視線だけをTVに向けた。


 突然、良平が直美の首から唇を離す。


 直美はホッとし良平の顔を見る。

 良平は直美を抱きよせたまま、驚いた顔でTVに目をやっていた。

 直美は不思議に思いTVを見た。


 =女性は22歳のホステスで、このホテルの近くのバーを男性とふたりで出たのを目撃されています。ふたりはですね、バーで飲んだ後、このホテルにやってきたようです。その男性についてですが、おそらくこの女性と同年代と思われますが、目撃者の方は、その男性とは知り合いというわけではなさそうだったと、証言していました。

 警察情報ですと、既にこの男性の身元は判明しているとのことで、現在所在確認中とのことです。

 今のところこの男性が殺人に関与しているかどうかは不明であり、現段階ではあくまで容疑者のひとりにすぎないと言う事です=


 死体が発見された場所なのか、黄色いテープが張られ警察がいろいろと作業をしている場所がTVの画面に映されている。

 そして、画面の右上に殺された女の写真が表示されていた。


 良平はまだTVの画面をじっと睨んでいる。

「良平? どうしたの?」

 直美が声をかけた。

「あの女だ……」

「あの女? ……ってまさか昨夜の!? どういうことよ?」

「俺にもわからない」

 良平はようやく直美から手を離し、そして立ち上がると、足早に押入れの方に行き手早く開けた。


 押入れのなかには、日本では所有を許されてない物がズラリと並んでいる。

 良平は大きめのリュックを引っ張り出した。


 直美はそんな良平を呆れたように見る。

「まったく……変な女をナンパするからよ」

「……俺がナンパしたんじゃない」


 直美も立ち上がり、腰に手を当て、良平を見る。

「へぇ、誘われたんだ。モテることね。でも、あんたがモテた時点で怪しいと思うべきだったわね」


 良平は直美の嫌味には何も答えず、銃や弾丸、そして手榴弾などを慎重に集めてリュックに詰め込んでいる。


 その時、良平の携帯電話が振動した。バイブの振動を感じた良平は、携帯を手に持ってディスプレイの表示を確認した。

 ディスプレイには勉と表示されている。

 良平は電話に出た。


「ああ、無事だよ。今は家だ。……え?」

 電話の相手から何か情報を得たらしく、良平は慌ててパソコンの方に向かい、ログインする。


「アドレスをもう一度言ってくれ」

 良平は言われた通りURLアドレスを入力し、そしてそのページを開いた。


 表示されたのは殺人依頼サイトだった。

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