第4話 良平、泥棒にひっかかる(1)
都心にあるこのバーの店内は広く、人が多く集まっていた。
だが皆、自分の仲間以外には興味を示す事無く、仲間同士でテーブルを陣取り、割と控えめに愉しんでいる。
このバーは若者向けではあるが、比較的値段設定が高く、ヤングエグゼクティブをターゲットにしたお洒落な店だった。
良平は、その店の小さな背の高いテーブルでひとりで飲んでいる。
しばらくして良平のところに、南の孫、勉が姿を見せた。
「お久しぶりです」
勉は軽く頭を下げて挨拶して、良平の横の開いている椅子に座った。
「久しぶりだな、大学の方には行けてるのか?」
良平がそう言うのとほぼ同時に店員がおしぼりを持って来る。
勉がおしぼりを受け取り、「生ビール」と言うと店員はその場を去る。
「大学にはちゃんと行けてます。問題ありません」
勉の言葉を聞き、良平は少し驚いた顔をした。
「……しばらく会ってなかったが、随分ちゃんと話せるようになってるんだな」
「……」
勉は何も応えず、メニューに手を伸ばして開く。
「こないだ、じいちゃんを叱ったでしょ?」
勉はメニューに目を落としたままで言った。
良平は不思議そうな顔をする。
「吉良に転職したいなら、そうしろと言ったそうじゃないですか」
「あ……ああ」
良平は吉良の家に挨拶に行った日の事を思い出した。
「落ち込んでいましたよ、じいちゃん」
「……あいつがつまらない事を言うからだよ。勝手に吉良の親父さんと盛り上がって」
良平はそう言いながらハイボールに口をつける。
「はは……無理やり結婚させられかけたって?」
「え? 結婚? あれは結婚させるつもりだったのか?」
良平はきょとんとした感じで聞き返す。
「あははは、何? 気付いてなかったのか?」
勉はメニューから手を離して良平を見て笑い出す。
「あんた、吉良の娘に手を出したんだろ? それで責任をとらそうとしたらしいよ?」
「冗談だろ……俺はまだあいつには何も……」
「そうなの? それはそれで笑えるな。何モタモタしてんのか……」
楽しそうに勉がそう言うと、良平が苦笑いする。
ちょうど勉の頼んだビールが運ばれてきた。
まだニヤニヤしている勉と良平は軽くグラスをカチンと合わせる。
それから二人とも自分のグラスの酒をごくりと飲んだ。
「で? 南の事はもういいから、報告!」
「ああ。剛はいまだ動きなし。……ただ、RIRAと接触する準備をしている可能性があるそうだ」
「RIRA? 真のIRAか? しばらく話題にもならない組織だが……」
「ええ。そのメンバーに接触しようとしているみたいですよ。寝てる子を起こして、テロの手伝いでもする気かな?」
「テロ? 兄貴がか?」
「あの人はもともと気が荒い人でしょ? 不思議じゃないんじゃない?」
「分かった……情報収集を続けるように言ってくれ」
「ああ。……ところでさ」
勉は真面目な顔を良平に向ける。
「ん?」
良平はビールを飲みこみ勉に不思議そうな顔を向ける。
「護衛……なくて大丈夫か?」
「なんだ、急に」
良平は遠慮がちな表情の勉を見た。
勉は照れ隠しなのか、ごくごくとビールを飲んで、グラスをテーブルに置く。
「俺、大学辞めて護衛につこうか?」
勉はそう言ってから視線を良平に向ける。そして続けた。
「側近を皆、調査で飛ばしていてあんたは今丸裸だろ? じいちゃんも心配している。本当はあんたの傍に居たいらしいが、じいちゃん自身も、いろいろ飛び回っているから本当に心配してるんだ」
良平は勉の言葉を聞き、少し申し訳なさそうな表情をみせる。
「……南には俺の代理人として色々動いて貰っているからな。もうそれなりの歳なのにこき使って本当に申し訳ないと思っている」
勉は、はあとため息をついた。
「じいちゃんの事はいいよ、今はまだ元気で健康だから。俺たちはボスであるあんたの心配をしているんだ」
勉の言葉を聞き、良平は少し驚いた顔になる。
勉がこんなことを言い出すとは思っていなかったのだ。
「もし本当に吉良に護衛してもらうのが嫌なら、俺が……」
勉の言葉に、良平が微笑む。
「いや、大丈夫だから、お前はちゃんと大学へ行け」
良平がそう言うと、勉は言葉を止め、またため息をついてから、鼻の頭を軽く人差し指で掻く。
「……頼むぜ、あんた」
勉は少し照れた様子で言う。
「ん?」
良平は口まで運んだグラスを止めて勉を見る。
「俺の家は平安時代からあんたの家の主を守る仕事をしてきたんだ。俺も小さな頃からそう教え込まれて育った。今更、普通の仕事につけねーんだからな」
勉の言葉を聞き、良平はまた微笑んだ。
「心配すんな……大丈夫だ」
~~*~~
良平は勉を帰してからも、バーカウンターに移り一人で飲んでいた。
そろそろ帰ろうかと考え始めたところに、女がひとりカウンターに座る。
「マティーニ」
女は綺麗な声でバーテンに伝える。
「ひとりなの?」
女が良平の方を見て声をかけてきた。
良平は微笑を浮かべて女をみる。女はかなり美人でスタイルが良い。
「ああ……」
「ふうん」
女は良平を値踏みするように、妖しく見つめた。
そして良平の隣に移って来る。
「ねぇ、
女はかなり遊び慣れているようだ。
「いいよ……」
しばらくして、女が別の場所で飲み直そう、と言った。
良平は女を連れて街を歩く。
「ねぇ……どこかのホテルでシャンパンでも飲まない?」
女が微笑むながら言った。
良平は「それは良いアイディアだな」と微笑み返した。
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