第3話 早瀬襲撃から4か月(3)

「お食事の支度が、あと5分ほどで出来ます」

 祠堂がリビングで話し込む吉良と南に伝えた。

「ああ……そうか、直美も飲めるようにワインを選んで持ってきてくれ」

「かしこまりました」


「それにしても……ふたりとも降りてきませんなぁ」

 南が思い出したように言う。

「ああ……そういえば、もう随分たちますね」

「若が悪さをしてないといいが」

 真面目な顔で言う南を見て吉良が笑う。

「ははは、それならそれで安心だ」

「それもそうですな」

 吉良と南は顔を見合わせて笑う。


 優がそんなふたりを睨むように見て、立ち上がった。

「様子を見てきますよ。食事だし」


 不機嫌な優の声に、吉良と南が笑みを止める。

「あ、ああ……ふたりを呼んできてくれ」

 吉良はそう言い、優が部屋を出るまで優を目で追った。


「ったく……あいつは妹の事となると……」

 優が出て行ってから吉良はため息をついた。


「はは、優さんはシスコンで有名ですからな」

 南が吉良を見てちょっと同情するような顔で言う。

「お恥ずかしい……」


「守るものが多いのは良いことですよ……その分、慎重になりますから」


  ~~*~~


 優は直美の部屋の扉の前に立ち、ノックした。

 しかし、全く反応はなく、部屋から人の気配も感じなかった。


「?」

 優は不思議そうにドアノブに手をやる。

「開けるぞ、なおみ」


 そう声をかけながら優がドアを開けると、部屋の明かりは間接照明だけになっていて、TVから激しく光が発せられていた。


 視線をベッドの方に動かした優はぎくりとして息を呑む。

 銃口が優に向けられていたからだ。


 良平はベッドに横になったままで直美を庇うようにしながら銃口を優に向けていたが、入って来たのが優だと認識し銃を降ろした。


「お前、寝るときも銃を?」

「癖でね……」

 良平は体を起こしながら言う。

「直美……本当に、寝ているのか?」

 物凄く驚いた顔をして優が言う。

 良平は確認するように直美を見た。

「ええ……そうみたいですね」

 そういい、良平はベッドを降りると体を伸ばす。


「久しぶりに熟睡させてもらった。……今何時?」

「7時前だ。食事の時間だ」

「ああ、もうそんな時間か。悪いな……直美も起こす?」

 良平は優の方を見て確認する。

「ああ」

 優が答えると良平は直美の顔を覗き込むようにする。


「直美」

「ん……」

 直美は目を開けずに顔を背けるようにして唸る。眠そうだ。


「クス、可愛いな。おーい、起きろよ、飯だぞ」

 良平は直美の顔を追いかけるようにして耳の傍で言う。

「んん……」

 直美はうるさいとでもいうように顔を歪める。


 ふたりのそんな様子を見ていた優はため息をついた。

「……早く起こして降りて来い」

 優はそう言うとさっさと部屋を出ていった。


 ~~*~~


「どうだった?」

 直美の部屋から戻ってきた優に吉良が聞いてきた。

「すぐに降りてきますよ」

 不機嫌そうに優が答える。


「何をしていた? 仲良くTVでも見ていたのか?」

 何気なく聞いた吉良の言葉に、優は少しだけ考えて答える。

「……寝ていましたよ」

 優の返事を聞いて、吉良と南が驚いて優を見た。


「ふたりともベッドで。良平は私の気配で目を覚まして、私に銃を向けましたが直美はぐっすりと……良平に守られるように眠ってました」


 さすがに吉良と南は言葉を失った。



 ~~*~~


 直美と良平が降りて来て、食事が始まった。

 今夜は南さんが来ているからか、本格的なフレンチディナーだ。


 しかし、いつもと雰囲気が違っている。

 なぜか、誰も口を開くことなく黙っているが、どこかソワソワした感じもある。


「……ねぇ、パパたち喧嘩でもしたの?」

 遠慮がちに直美が小さな声でそういうと、吉良と南が顔を見合した。


「いや……まさか喧嘩などせんよ」

 吉良がそう言い、ナイフとフォークを置いた。

「良平……」


 美味しいフレンチを堪能していた良平だが、突然吉良に名前を呼ばれ顔を上げて返事をした。

「はい?」


「それなりに早瀬が復活するまで、家に入れ」

「え?」

 吉良の言葉に、良平はナイフとフォークを持ったまま驚き、手が止まる。


「今のアパートも引き払い、ここで住むんだ」

 吉良は反論は許さないといような口調で言う。

「? なんなんですか、突然」

 少しばかり気分を害した様子で良平はナイフとフォークから手を離した。


「お前の面倒は私が見る。タイミングを見て独立させてやるが、早瀬が力を戻すまでは優と共に私の右腕としてここでやれ」

「意味がわからないな。突然、なんでそんな話になるんですか?」


「分からなくてもいい。言うとおりにしろ。……よろしいですよね、南さん。良平をうちでお預かりしても」

「もちろんです。本当に、大変申し訳ない……」


 良平は南の態度にますます意味が分からないという顔をする。


「いや、まあ直美も、もう大人だし。そのへんはかまいません」

 吉良は南を見て言う。

「ただ、そこまで関係が進んでいるなら、もうすぐにでも……」


「ちょ……ちょっとまって、何? そこまで関係がって? どういうこと?」

 直美が声を上げた。


「猪突猛進のお前だ。離れて生活させるのは危なっかしい。どうせ頻繁にあんなセキュリティーの弱いアパートに出入りする気だろ?」

 吉良の言葉に直美は驚き、良平と顔を見合わせる。


「だから、良平。お前、明日にでもアパートを引き払って来い」


「嫌です」

 良平がきっぱり言う。


「若!」

 南が諭すように叫ぶが良平は黙らない。


「ふたりで勝手に何を話し合ったのか知らないが、僕には僕の考えがあります。住む場所ぐらい自分で決めます」


「若! 吉良さんは若と嬢ちゃんの事を考えて……」


「南! お前、吉良家の執事になりたいなら俺は止めないぞ!」


 この良平の言葉で、さすがに南も黙る。


 この日はもう誰もこの件に触れることは無く、良平と南も食事が終わると早々に帰って行った。

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