第2話 早瀬襲撃から4か月(2)

「何で黙って年寄りの言うこと聞いていたのよ? あんたらしくない」


 良平と直美は、南と吉良から逃げるように直美の部屋に移動してDVDを見ていた。


 吉良と南は勝手にふたりで盛り上がり、話が尽きないようで、夕食も一緒に食べようと言う事になった。

 そして食前酒だと言い、吉良がウィスキーを出してきて、それを飲み始めたとたん、南が「結婚式の前に婚約式をしましょう」と言い出し、

「それはいい。早瀬が健在であることをアピールできますな」

 と、吉良も乗り気で応え、話がさらに盛り上がる。


 このままだと具体的な日程の話までしそうだったので、直美は良平に目で合図し、ふたりはその場を離れたのだった。


 直美の「何で黙って、年寄りの言うこと聞いていたのよ?」という言葉に、良平は何も反応せず、TVの画面から目を離さない。


「何、黙ってんのよ……」

 ちょっと拗ねたように直美が言う。

「……頭、上がんないんだよ、南には」

 ボソッと良平が言う。


「俺はあいつに育てて貰ったようなものだから……」

「だからって……勝手に話を進められて何も言わないなんてあんたらしくないわよ」


「特に何も言う事がないからな……俺はお前に惚れてるし、まあいいじゃん」

 この良平の言葉に驚いて直美は閉口する。


「俺も、早瀬がこんなことになって少しはどうしようかと悩んだけど、周りは全然気にしてないみたいだし、今はもう、このまま流れに任せていいかなと思っているけど」


 直美は少し頭に来て良平を睨んだ。

「私は物じゃないのよ。勝手に決めないでよね」


「まあ、冷静に考えてみろよ……」

 良平はTVの画面を見たまま、穏やかに言う。


「お前、自分と一緒に生きていける男が俺の他にいると思うか?」

「はあ? どういう意味よ……」

「俺は、自分と一緒に生きていける女はお前しかいないと思っている。同じ環境で育った、数少ない同類の女だからな」


 ……まあ、確かに……それはそうかもしれない――


 直美は良平の横顔を見ながら思う。

 いつまでも、父親や兄の優に面倒を見て貰って生きていくわけにもいかないと、直美も考えないわけではない。


 いつかは誰かと一緒になるのか、ずっとひとりで生きていくのかを選ぶ必要がある。

 ひとりで生きていくのはきっと寂しいと感じるだろうし、不安だ。


 良平はようやく直美のほうに視線を向けた。

「俺は、お前をよく分かっているつもりだ。お前のトラウマのことも含め、理解している」


 そう言い、良平は直美に手を伸ばした。

 直美がビクンとする。


「知ってる……俺が怖いわけじゃないよな。無意識に体が一瞬あの時の恐怖を思い出し拒否するんだろ?」

 良平がそう言いながら、直美の頬を撫ぜた。

「俺は、慌てない。だから前向きに考えてみてくれよ、な?」


「私、もう子供じゃないわ。昔のように男性恐怖症というわけじゃない……」

 直美は強がって良平から視線を逸らさずにそう言った。


 良平が直美の言葉を聞き、少し顔を傾けて微笑む。

「それって、今すぐ手を出してもいいよって言ってくれてるのかな?」

「ばっ、……ちがう!」

 直美が焦って身を小さくした。

 良平はそんな直美を可愛いと感じ微笑む。

「ま、無理するな。今更、俺に強がらなくていいから」

 そう言い、良平は直美の頭に手を置き、ポンポンと撫ぜるように叩いた。

 途端、直美は心がふわりと温かくなる感覚を覚える。


 直美は照れた表情を隠す為に黙ってTVの方を向いた。

 二人はそのまま、しばらくの間、黙ってTVを見る。


 15分ぐらい経ったところで、良平が欠伸をした。

 少し前に祠堂が様子見ついでに運んできた珈琲に良平が手を伸ばす。

 直美はケーキに手を伸ばした。


「なあ……しばらくこのままTV見ているよな?」

 突然良平が聞いて来た。

 直美は意図が分からず、意図を探ろうと良平の方を見た。


「ここで寝ていいかな?」

 良平の言葉に、直美は驚いて強張った表情になる。

 直美の表情を見て、良平は言い方が悪かったと苦笑した。


「睡眠不足なんだよ。家が襲撃されてから、あんまり眠れなくて……」

 直美が今度は少し違う意味を含んだ、驚いた顔になる。

「ここなら安心して眠れるだろ? その映画が終わるまでいいから寝ていいか?」

 良平がそう言うと、直美は優しく微笑んだ。


「いいわよ。ベッド使いなさいよ。その方がよく眠れるでしょ?」

「お前が横にいるほうがいいから……」

 その言葉に直美は顔を赤くする。

「変な意味じゃないよ。安心できるからさ……」


「わ、私の横で安心して眠れるなんて言う人、あんたぐらいじゃない?」

「はは、一緒にホテルに泊まったけど、お前に殺されなかったからな」

「あの時はものすごく酔っていたからよ」

 直美は顔を赤くしながら言う。


 良平は直美の強がる言葉を聞き、微笑みながら目を閉じ眠る体制に入った。


 直美はそれを見て、少し悩んでからうつむき、視線を下に向けたままで呟くように言う。

「ベッドで……横に座っててあげようか?」


 良平がゆっくり目を開ける。それから直美の顔を見た。

 良平は直美の発言に少し驚いた様子だ。


「私に触らないって約束するなら……いいよ?」

 良平は直美を見た。

 直美は照れているようで赤くなって下を向いている。


「……」

 良平は少し考えてから、すくっと立ち上がると、直美の手を掴んだ。

 それからTVのリモコンも掴み、直美を引張るようにベッドに連れて行く。

「ベッドの上に座って、TV見ていてくれる?」

「……うん」


 二人はベッドに上がり、良平はごろんと横になった。

 直美はベッドに上がって緊張気味に座り、リモコンで少しだけ音を小さくする。

 それから明かりを落とし、間接照明だけにした。


 良平は本当に寝不足だったのだろう。

 すぐに寝息を立て始めた。


 直美はそんな良平を見てせつなくなる。良平はずっと神経を張り詰めているに違いない。


 突然家が襲撃されるなんて……

 目の前で家族や仲間が次々殺されて、恐怖を感じないわけが無い。

 おまけに犯人が実の兄では……きっとあの日から今日までの間、気が休まることなど無かったに違いない。


 私を誘拐した頃の良平の目は獣のようだった。


 それは無理もないことだ。

 いつ敵にやられるか、強がっていても怖くないはずはない。


 私には分かる……私も同じ

 母と拉致されたときのあの恐怖……


 その後しばらくは誰も信用できなかった。


 怖くて、怖くて……

 しばらくは兄である優の傍を離れられなかった。


 直美は眠っている良平の顔を見つめた。

 良平には直美にとっての吉良や優に相当する、そんな頼りになる存在はもういないのだ。


 そんな男が私を頼って、信頼してくれている――


 そう思うとなんとも愛おしさがこみ上げて来た。


 確かに、私たちは似た者同士で、うまくやっていけるのかもしれないわね……


 直美は心の中でそんな風に呟いていた。

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