良平の暗殺依頼
第1話 早瀬襲撃から4か月(1)
吉良家と早瀬家は平安時代から続く旧家で、その時代からずっとある特別な仕事を家業として繁栄してきた一族である。
特別な仕事とは、政府から依頼される裏の仕事の事だ。
彼らは、その時代時代に応じ、調査、扇動、そして暗殺と、いろいろと表には出せない仕事をこなしてきた。
そして、令和になった現在でも、変わらず内閣調査室と密に連携し、決して公には出来ない面倒事を請け負っている。
彼らは、警察や自衛隊
だが、政府から何かと特別な権限を与えられていて、場合によっては外交特権を使う事も出来る特別な立場にある。
何より普通の公務員と違うのは、暗殺権という極秘特権を持っている事だ。
こういう特権を持つ一族は吉良や早瀬以外にもあるにはあるが、この2つの家がこの業界で80%以上のシェアを持っていた。
が……
この夏の終わりに早瀬の一族が壊滅状態になったため、吉良が名実共に業界No.1組織となった。
吉良家の長女である直美と早瀬の次男である良平は婚約しており、その繋がりもあって、吉良は良平を全面的にバックアップして早瀬の復興に手を貸している。
しかし、有能なエージェントの殆どが殺されてしまった今、早瀬はなかなか苦しい状況にあった。
しかも、早瀬を襲撃した犯人は早瀬の長男の剛で、お家騒動が原因だと業界に知れ渡っている。
この襲撃事件の発端が、早瀬の当主が、長男の剛ではなく良平に早瀬を継がすと言い出した事だったため、家の中の揉め事さえ上手く処理出来ない家門だと言われ、早瀬の信用は地に落ちていた。
その上、犯人である剛を確保出来ず、海外への逃亡を許し、野放しにしている現状なので、内閣調査室からも早瀬の特別作業請負事業許可証を剥奪されたままだった。
早瀬が襲撃され、もう四か月が経ち、良平と直美の関係は少しは距離が縮まったようだが、特別これと言って進展はなく、相変わらずの毎日だ。
そんなふたりを尻目に、直美の兄である
優と紀子は、先日結納を終え正式に婚約を交わした。
吉良は派手好きでプライドが高い男だ。
裏の仕事をしているとはいえ、吉良は格式のある旧家であり、しかも現在は経済界の大物として世間でも名を知られている。
そんな吉良は愛する息子の為に、破格の結納金と品を準備し、婚約パーティには多くの人を招待した。
しかし、この件について紀子の実家では、少々困っているようだ。
嫁ぐ時、紀子に持たせる嫁入り道具で身代が潰れてしまうよ……
そう紀子の父が呟いているのを、吉良の側近達は苦笑しながら気の毒そうに聞いていた。
また、吉良は最近になって、優に吉良を継がせる決意を固めたようで、優に自分を人前では必ず「父」と呼ぶように言い聞かせている。
皆に、息子である事を知らしめる意図があるようだが、優の方は今更と、照れているようでなかなか呼ばない。
だが、紀子が自然と「お父様」と呼ぶので、それなりに良い親子関係になってきていた。
この微笑ましい吉良家の状況に、直美だけは、文句こそ言わなくなったがいまだに苦い顔をし続けていた。
~~*~~
早瀬襲撃以降、ばたばたしていた良平もようやく落ち着き始めたこの頃、良平の側近である南が吉良邸に挨拶にやって来た。
「若がいろいろとご迷惑をお掛けしているようで……申し訳ない」
丁寧に頭を下げ、南はすっと菓子折りをだす。
「つまらないものですが、どうぞ皆さんで……」
「いや、これはどうも、ご丁寧に……」
吉良は南を丁重にもてなしていた。
南はその昔、世界中で知る人ぞ知る諜報員だったらしい。
50代前半の吉良など、南からすればまだまだ若造という感じで、吉良もいつもと違って恐縮しまくっている。
「若はまだまだ半人前。なのに世間の荒波に放り出されてしまって……どうか吉良さん、若を我が子のように扱い、一人前のエージェントに育ててやってください」
南の話す言葉を、南の横に座っている良平は、苦い顔をして聞いていた。
吉良が若造なら、良平なんてまだ幼いただのやんちゃ坊主だ。
「優さんも……」
南は視線をゆっくり優に移し、柔らかい笑みを見せた。
「若をどうか、弟のように教えてやってください」
南がやんわりと、弟として迎えてやってくれという意味の事を言うと優は苦笑する。
「僕は別に二人の事を反対はしていませんよ。まあ、良平なら……直美を守れるでしょうしね」
「有難うございます」
優の言葉を聞き、南は嬉しそうに頭を下げる。
「そんなことより、南さん」
吉良は南に真剣な顔を向けた。
「これから先、うちに面倒を見させても貰えませんか? 良平と……あなた方も一緒に」
吉良のこの言葉に、それまで黙っていた良平が声を発した。
「いや、それは……」
良平は少し遠慮がちな表情を浮かべながらも自分の主張を述べる。
「今でも十分過ぎるほど、お世話になっています。だから、これ以上は甘えられません。俺も一応、早瀬の宗主ですから……」
良平の言葉を聞き南が微笑み、そして吉良の方を見た。
「ご心配には及びません……まだ早瀬の力は健在ですし、若の求心力も損なわれてはいませんから」
南が穏やかな表情で良平の言葉の後を引き継いで言う。
「元々剛様の側近であった者達は剛様について行ったようですが、それ以外の者は若を宗主と考えています。そして今は裏切り者を抹殺すべく、動けるものは剛様を追っている状況です。早瀬に残っている者は皆、若の一声で右にも左にも動く連中ですし、心配には及びません」
吉良は南の言葉は外向けの言葉だろうと信じていないようだ。
「だが、いろいろ大変だろう。……違約金は払いきったのか?」
心配そうな表情で吉良が聞くと、この質問には良平が答えた。
「ほぼ片付けました。まあ、お陰で今は、すっからかんですが……」
「ここにいれば金の心配をする必要もないし、安全も確保出来るぞ?」
吉良がそう言うと、南と良平は顔を見合わせる。
「いや、仕事を回して貰っているだけで……」
良平は少し困った顔で吉良に言う。
南が良平を見てから吉良に視線を移して微笑む。
「お嬢ちゃんの事が心配なのですかな?」
お嬢ちゃん……
黙ってやりとりを聞いていた直美が、南の表現を聞き少し眉を動かす。
しかし、まあ仕方ないかと苦笑し、スルーした。
すると南は、
「うちの若はどうも直美嬢ちゃんにぞっこんのようで……」
と、相変わらずの笑みを浮かべながら言ったのだ。
これには、いきなり何を言い出すんだこの年寄りは!
と、言わんばかりの表情を良平は南に向けた。
直美も驚いた表情を南に向け、それから照れて少し顔を赤らめる。
ふたりの様子など気にも留めずに南は続けた。
「それで……吉良さんにお願いがあります。ぜひ、お嬢ちゃんを早瀬の籍に、いただきたいのです」
南の言葉に良平と直美が固まる。
南はさらに続けた。
「ご安心ください。この早瀬、いまだ健在です。かなり数は減りましたが、残ったものは忠誠心の強い優秀な者ばかり。……少数精鋭で、立派にお嬢ちゃんを守れます。なので是非、直美嬢ちゃんを早瀬の、若の嫁に迎えたいのです」
「かまいませんよ」
南に向かって、本当にあっさり、なんでもない事のように吉良が言った。
直美と良平は、驚いて今度は吉良の方を見る。
「元々、うちは優に継がそうと思っていますから」
その言葉に、優も吉良の方へ視線を向けた。
「良平も誰かの下につく玉じゃないが、優もね……この頃は私の代役としても、十分やってくれてるんですよ」
「ほお、それは頼もしいですな。確かに優さんは良い顔つきになられましたね」
南に褒められ、クールな優が珍しく照れ隠しに下を向いた。
「まあ、ガキの時はいろいろ心配させてくれましたが、今は本当に良くやってくれている」
吉良が優を見ながらそう言うと、優が恥ずかしそうに目を泳がせる。
「はは……確かに。優さんはひどいやんちゃぶりだった。でもこの業界で育ったんだから、それも経験値のひとつですよ……」
2人で勝手に盛り上がっている吉良と南を良平と直美は何も言えずに呆れたように見ていた。
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