序章 1-4
「ごめんね、美咲。私は美咲を苦しませたくない。私を庇ったら、きっと美咲も虐めの標的にされてしまう。」菜穂は優しい口調で話す。美咲はそんなこと、言われなくても分かっていた。菜穂は昔からそういう子だった。自分のことよりも他人のことを気にかける子。だからこそ、一人で苦しませたくない。静まっていた怒りが再び込み上げてきた。「ふざけないで!私を苦しませたくない…虐めの標的にされたくないって…そんなの全然構わないよ!私は、菜穂が苦しんでるのを見ているだけなんて…そっちのほうが辛いよ…」涙を流しながら美咲は菜穂に訴える。ピンと張り詰めた空気の中、大粒の雫が床に溢れ落ちた。菜穂は何も言わず、腕を伸ばし、そっと、美咲の手を握った。菜穂の体温が伝わる。柔らかくて暖かな温もり。それはまるで菜穂の心を現しているようだった。「菜穂…」美咲は悲しそうな声で呟く。すると、ギュッと握られていた手に力が加わわる。「私は大丈夫だから。」菜穂はニコっと微笑んだ。その言葉を聞いて、美咲は何かを言いかけたが、これ以上は何を言っても駄目だと悟った。そのくらい菜穂の意思は強いと感じた。美咲は自分が情けなく思っていた、それと同時に悔しさでいっぱいだった。たった一人の親友ですら、説得できなかったことに。だが、美咲は腑に落ちていない様子だった。美咲は握られていない方の腕で涙を拭く。そして、「学校ではお互い口を聞かない。この提案に納得はしてないけど、菜穂がそこまで言うなら…仕方ない…。でも、虐めには加担しない!フリだけする。」菜穂はその言葉に驚き、キョトンとしていた。美咲は構わず話を続ける。「私は昔から、そういうの得意だって、分かってるでしょ。菜穂と違って器用なんだから。」確かに言われてみれば、昔から美咲はそういう事は器用にこなしていた。勉強や掃除をしているフリとか、先輩や同級生から嫌な目で見られないように、立ち振る舞っていたな、と菜穂は思い返していた。その間にも美咲は話し続けていた。「それから、学校が休みの日は絶対に菜穂の家に行くから!」自信満々に話す美咲。さっきまで泣いていたとは思えないくらい別人に見えた。「えっ?休みの日って夏休みとか冬休みとかあるでしょ。そういう時はどうするの?」菜穂は美咲に問いかけた。美咲は当たり前でしょ、と言わんばかりの口調で、「そんなの毎日行くに決まってるじゃない!菜穂が迷惑だって言っても行くから!」と返答した。菜穂は思わず笑ってしまった。美咲の言い方がツボに入ったのか、それとも感情が昂って笑ってしまったのか、菜穂自身にも分からなかった。菜穂は笑いを堪えながら、「私は凄く嬉しいけど、いいの?」「いいに決まってるでしょ!親友なんだから、これくらいして当然!」美咲は満面の笑みを浮かべた。「ありがとう、美咲。」菜穂も笑顔で返す。その瞼から溢れた一筋の涙は、悲しみのではなく嬉しさの涙だった。
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