第51話 RE: 7年7晩
『......年1月12日現在、対象は姿を現していない。引き続き依頼者の証言を基に捜索を行う。対象は女子中学生、肩までの黒髪、ブレザーの制服。捜索場所は駅前のファストフード店。時間帯は15~18時。以上を次週の計画とする。』
時刻は夜10時、自分用の捜査資料を使い古したノートPCで更新し、冷めたコーヒーを愛用のマグから流し込む。
そのとき、意識が、裏返る。
流れ込むのは、『記憶』と『異能』。
左眼は異様な視界を映している。
まるで作りかけのCGのように、輪郭線だけが浮かぶ世界。
そして、出会いと別れと死と託された想い。
あまりの衝撃的な内容に、マグを床に落とす。
陶器が割れる音と同時に、ドアチャイムが鳴る。
俺は、この来訪者を『知って』いる......!
俺はドアホンの前に大きく1歩でたどり着き、画面を覗き込む。そこには、黒髪の女子生徒が映っていた。
「おじさーん、いるんでしょー?
何故だろうか、いや、理由は明らかではあるのだが、この『初対面』の少女の姿に、俺は涙を流している。
「居留守は通じないよー?画面を見ていることまで分かってるんだから!」
「ああ、悪かった。君は神崎海未。間違いないね?」
必死に声色を繕う。急に泣き出すなんて、おじさん扱いで弄れる範囲を逸脱している。
「ッ!ごめんなさい、それは予想外......。
もしかして、私のこと、覚えてるの......?」
「ああ。よく知っている。
君の依頼も、この『先』のことも。
今開けるから、上がってくれ」
ドアの3重ロックを外す。
いつも通りの、そして、『記憶』に残る特別な動作。
そこには、制服姿の神崎海未が、『
応接室にて、茶を淹れて向かい合う。
......当然、それは冷めていくのみだ。
「ねえ、『先』のことが分かるって、どういうことなの?」
「俺はついさっき、『未来の俺』の記憶と『異能』を受け取ったんだ。
君の従妹、時子さんの力を借りてね」
「......ときちゃん......。
じゃあ、その未来は大変な未来だったでしょ?
あの子のチカラは眠っているはずだから......」
「そうなんだろうな......。
正直に言うと、俺は混乱している。
『異能』なんて訳が分からない。
でも、こうして話が通じていることが、俺の正気の証明になっていて、頭が痛い」
「え、頭がおかしい方が良かったの?」
「何が『非常識探偵』だ、『俺』はそんな名乗りを上げるらしいぞ?」
「えー?カッコいいじゃん!『非常識探偵』、参上!」
「うわ......勘弁してくれ......。
話を戻すと、未来の『俺』は『異能』と記憶だけの存在となって、今の俺に宿っているんだ」
「んー?ときちゃんの『異能』はそんな不完全なタイムトラベルじゃないよ?
もしかして、不完全な使い方でもしてるんじゃないの?」
「......確かに、元は両目に宿る『異能』だったらしいが、俺が引き継いだのは『右眼』だけだな」
「うわ」
「......不完全、という言葉を聞いて、そして『記憶』を辿って、同じ気持ちになったよ。
『未来の俺』は生命としては消滅しているんだ。
しかも、別の時間軸で2回も」
「消滅はしてないよ?多分」
「多分?」
「ときちゃんの『異能』は『時を超え、時に戻る異能』なの。
2人の『未来の佳助さん』は、時間の無い世界から、『異能』と記憶だけが『時に戻った』、そういうことなんだと思う」
「それにしても、なんで時子さんの『異能』に詳しいんだ?」
「大きすぎるチカラを私が『封じた』からだよ?」
「......そうか。それは納得だ」
俺もそうだが、その『異能』を喉から手が出るほど欲する者は、無限に存在するだろう。
「時子さん本来の『異能』を使うことは可能か?」
「佳助さんが生来の『異能』を捨てるなら、できると思う。2人の『未来の佳助さん』も助けられるよ!」
「『今の俺』には愛着も無い。
『異能視』は捨てよう。
でも、続きがあるんだろう?」
「うん。
私の『異能』......まあ、『異能』なんて言い方は今知ったんだけど、これは他者の『異能』のオンオフができる。
空良のそれ......空良は分かるよね?
それは、無尽蔵のエネルギーなの。
7年前のあのチカラ、今も持っているはず。
つまり、私がスイッチ、空良が電池、佳助さんに宿るときちゃんの『異能』が電球。
その灯りで照らせば、『未来の佳助さん』は元の時代に帰れるよ」
「うーむ......」
考え込む。すれ違いが生じていることは指摘すべきだ。
『未来の俺』の目的は、7年前の事件なのだ。海未は、『俺』がそこまでの覚悟を持っていたことを知らない。もちろん、俺もそんな覚悟はできない。
「あれ、喩えが分かりにくかった?
じゃあ......私が信号機、空良が自動車、ときちゃんの『異能』が道路で、」
「いや、喩えは大丈夫だ。問題は、7年前にも飛びたいということなんだ」
「7年前......」
「もちろん、今の時代の事件は俺が解決する。
だが、『異能視』を捨てれば、俺は戦えない。
それが問題なんだ」
「なーんだ、簡単だよ!
今の佳助さんに問題を押し付けた、一番未来の佳助さんに任せるの!」
「じゃあ、俺は送迎をすれば良いのか!
確かに、『記憶』では一番未来の『俺』が一番強いからな!」
『俺』よ、一番責任を取るつもりだった『俺』。一仕事してもらうぞ。真ん中の『俺』、もうちょっと待っていてくれ。
「じゃあ、まずは空良に話を付けに行こう」
時刻は深夜11時、冬の真夜中に、女生徒を連れ出していく。
制服のダッフルコートではなく俺のロングコートを着せたので、少しは誤魔化せると良いが......ローファーは隠しようがない。
「職質アンド補導ルートまっしぐらだね!おじさん!」
「ちゃっかり逃げるつもりなら、俺だけ捕まってそれで終わりなんだが!?」
初めての、懐かしいやり取りに笑う。
右半分の星空は、左側の闇とコントラストで、この町で7年過ごして初めて、瞬くさまが見えた。
そこは、静かだった。俺の『記憶』では賑やかであったが、これから起こりうることを考えれば幸いである。
商業施設に佇む慰霊碑。
7年前の悲劇、そして、『近い未来』に起こる悲劇の現場。
その頂上に、1人の少年が腰かけていた。
「僕が、見えるんだ......覚えているよ、おじさん。
あんたは僕たちを助けてくなかったね」
神崎空良。7年前の姿、そして『記憶』の姿のままだ。
「その通りだ。
でも、これからできることがある。
俺は、時子さんのチカラを借り受けている。
今から7年前に『俺』を飛ばす。それで......」
「何もできなかったあんたが、何をしようってんだ!」
ふわりと光球が浮かび上がる。それは、『
「できる。
まずは、君たちを自由にする。
君の肉体は失われているが、海未の肉体を修復してから、君のチカラでその慰霊碑を壊せばいい。
そうすれば、2人でなら、生きていける」
「証拠は!」
「もう海未の肉体は万全だろう。
君のチカラも増しているんじゃないか?」
光球はいつしか、
「ようやくそこから出してあげられるよ......姉さん」
慰霊碑は、『恒星』が照らす逆光のように、溶けていく。
そこには、全身黒ずくめの青年の姿をした空良と、真っ白いパイロットスーツに身を包んだ海未が立っていた。
左眼に星が弾ける。
どうやら、この俺、『今の俺』が『異能』を行使するのはフィードバックが大きかったようだ。......と思えば、視界が正常に、そう、両目が光を捉える。
「苔塗れになったときはどうなるかと思ったけど、空良が一気に焼いてくれて助かったよ!」
「お前、姉さんに何をしたんだ......?」
そう、俺が選んだ色彩は『緑』、『
もうちょっとマシな治療系『異能』があれば良かったが......無いものはねだってもしょうがない。
声変わりをした空良、音色と同じように態度も落ち着いている。
これは『異能視』を持たない俺には理屈の捏ねようもない。
とりあえず、質問には正直に答えよう。
「『治療』だ」
「馬鹿にするな!」
「間違ってないのが......悪い大人とはこういう人だよ、空良」
人聞きが悪い......。
「さて、俺はこれから、2つの、いや、もっと多くのことをする必要がある。神崎家の、君たちのお母上、定子さんから君たちを守る。
7年前の事件の復讐を企てるある
そして、7年前の事件を未然に防ぐんだ」
「おい、重要なことはまとめてから言えよ。
『今』必要なのは何なんだ?」
「じゃあ言うぞ。
時子さんの『異能』を空良君のチカラでブーストして、『半年後の俺』を7年前に飛ばす」
「ときちゃん?あの子があんたを信頼するなら、間違いはないな。
どうせ、姉さんのお陰で準備はできているんだろう?」
「ああ。始めてくれ」
空良の右手には、蒼い光球。しかし、それは優しく瞬き、熱も感じない。
「これに触れば、始まる。
『あり得た未来』のあんたが、『とある過去』のあんたのところに現れる。
その先は、分からないけれど」
「そうだな。
俺も知ったことじゃない。
俺に『異能』絡みの事件をいくつも押し付けるなんて、とんでもないヤツだよ」
俺は、右手で光球に触れる。一瞬、いつもの疼痛が走るが、消えた。7年間の痛みが、吸い込まれるように、夢のように消えていく。
「そうか、『未来の俺』は、そうやって君と戦ったんだな」
「どういう意味だ?」
「いや、知らない方がいいこともあるさ」
「やっぱり、あんたは悪いヤツだよ」
神崎空良が楽しげに笑う顔、それを、俺は、いや、『俺』も、初めて、否、7年ぶりに見た。
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