時空遡行探偵

第50話 RE: 超常走狗

「貴女が誰だか知らないけど、貴方が壊したモノの分、私が貴女を壊すわ」

 


 『オレンジ』の閃光は神崎定子を舐めるように、全身を発火させる。

 人のモノとは思いたくないほどのおぞましい絶叫。それは、かつて神崎空良が創り出した地獄の再演だ。

 千里さんの『色彩』、そうか。『無色透明』という『色彩』が、首元に在る。

 瞳に宿る『紫焔』、左腕に纏う『太陽オレンジ』、下肢を覆う『新緑』......統一性の無いパッチワーク。

 そして、俺の右腕は7年間共に過ごした痛みと『色彩』を喪っている。



 唐突に、意識が、反転する。流れ込む情景と『黄金』。左眼は尋常な視界を失い、『色彩』の世界が半分重なる。


 

 そうだ、俺は、3か月後の未来から記憶と『異能』を託されたのだ。

 ......信じがたいが、状況と流れ込んだ記憶、『異能』の3つに矛盾は無い。



「......千里さん、貴女の復讐は、別の誰かを貴女にするだけだ」

「あら、まるで見てきたように言うじゃない?

 いいえ、『異能』が絡むならあり得ない話でもないわね......」

「貴女の『異能』、それが俺に託されていると言えば、信じて貰えますか?」

「じゃあ、私は貴方に負けた......いいえ、因果が応報を下して死ぬのね?」

「その通りです。

 『この世界』、『この未来』なら、そうならずに済みます。

 先輩が居ない世界でも......」

「つまり、貴方は剛とまた会うつもりなのね?

 私は合わせる顔が無いけれど、貴方に嫉妬するわ。殺したいくらいに」



 感じる。殺気。膨れ上がるのは、『太陽オレンジ』。



 俺はこの『世界』からも消える。

 なら、この『世界』の千里さんや時子、『協会』、悟君、東京に住まう1300万人を守ってから消えねば......!

 


「俺は、貴女の『異能』を奪う!

 復讐の手段が貴女にあったことが、貴女の不幸なのだから!」

「ッ......!何様......!力に溺れているのは君の方よ!佳助君!」

 『異能』のストックは、電池切れ寸前の『黄金』『時渡り』の右眼、『記憶』から知った『星空』『異能視』の左眼、心臓に宿る『無色透明』の3つだ。『風神甲冑』と『超速再生』はもう既に無い。

 だが、かつての......いや、いずれの焼き直しのように、血涙を左眼から流し、右腕に『太陽』を宿す......!今度こそ、俺の手で......!



 拳がぶつかる。

 そう、2つの『太陽』は干渉して消えたのだ。

 


 俺と千里さんは、鑑写しに互いの胸倉を掴む。

 『奪い、与える異能』。

 その発動条件は、対象に手で触れること。特に、『異能』の宿る部位に!

「レディの胸に手を突っ込むなんて、破廉恥な男ね?」

「そっちこそ、男の胸なんて触っても面白くないでしょう?」

「それは、そうね!」

 千里さんの右こぶしから放たれる衝撃!

 それは、寸勁すんけい

 体重移動によって動作なく拳にインパクトを生む、中国武術の秘奥......!

 


 しまった、これで『掴まれた』。相撲で言えば、上手うわてを取られたような感触がある。

 だが、これで『視えた』!

 『無色透明』を左拳にも『宿す』......!

 千里さんの表情は余裕を失っていく。

 当然だ。

 『手ごたえ』があったのに、逆に『引きずられている』のだから。

「私の『異能』を2つ......!

 いえ、片方は貴方自身の『異能』ね......!

 そんな隠し玉があったなんて......!」

「どちらも、3か月後の俺が託してくれたのです!

 だから、ここで、勝つのです!」

 お互いによれよれの襟元を離す。



 千里さんに残るのは、瞳の『紫焔』のみだ。



「あら、1つだけ残すなんて、悪趣味ね?」

「それだけは選んでください。千尋に返すか、ここで捨てるか」

「......そこまで知ってるのね。

 にしても、『千尋』、ねぇ......。どう思う?『ウサギ』ちゃん?」



 定子は燃え尽き、灰も残っていない。

 ここには、俺の救出に来た、少なくとも名目上はそうだった者だけが居る。しかし、俺たち2人のやり取りに、誰も立ち入ることはなかった。

 そこで、呼びかけられた『ウサギ』神奈川千尋。彼女は、問われるままに答える。



「え、キモ......」

「先生をバカにするな!」



 なぜだろう......この2人の言い合いは懐かしい気がする......。

「『探偵』、君の話は、『トナカイ』ともども異様な『異能』から信用しよう。

 つまり、彼女はこの状況を利用して何かを企み、それを3か月後の君が防ぎ、更に時間遡行をしてきたのだな?」

 『ライオン』......志村大志が肩を叩き、分かり易くまとめてくれた。

「そんなところかな。

 だが、厳密に言えば、『異能』と『記憶』だけがさっきの俺に宿っただけです。

 そして、その時間軸で俺は『消えました』。

 そして、どうやら今の俺もそうなる予定のようです」

「なんだって!?我々からしてみれば、君は、死んでしまうも同然ではないか!?」

「それは......そうだな......。

 実際、『3か月後の俺』と『今の俺』はだいぶ違う人間だから......確かに......」

「君にとってもそうなのか!

 もう、その『予定』は実行しない方が良い。

 『今の君』がいくら覚悟を固めようと、『過去の君』は唐突に塗りつぶされるのだよ!?」

 彼はカウンセラーであるが、その言葉は、俺を友人と見てのものだ。

 そうだ。あの土壇場に強烈な情報を頭に叩き込まれ、戦ったのは『今の俺』だったかは判断がつかない。

「いや、しかし......これは、多くの人を、もちろん『俺』をも救う......」

 『今の俺』は消えてしまう。それは......。



「ねえ、『3か月後』、私は死んだのね?」

 千里さんが軽やかに問う。

「......はい」

「ねえ、私のため?」

「いえ、それは違います」

 違うのだ。そうであってはならない。

 『3か月後の俺』は、『自身』のために......。

「あら、つれないわね?ならいいわ?

 『燃料』は私の『ストック』で足りるかしら?」

「はい。お陰様で......」

 いや、これでは同じく3か月程だろう。

「でも、『本体』が限界のようね?その『異能』、時子ちゃんのでしょう?」

 なんて、鋭さ。

「いつ分かりました?」

「最初から。その左眼、見えてないわね?

 さっき痛い目に合わせてくれた『異能』が負荷をかけているなら、そっちが君本来の『異能』。

 右眼が『時間移動』の『異能』ね?

 それだけ強力な、そして私の知らない『異能』を、たった『3か月後』に譲るなら、彼女しかいないでしょう?」

「ハハ、交友関係の狭さを馬鹿にされていることは気にしませんよ?」

 足を踏みつけられる。震脚しんきゃくもかくや、だ。非常に痛い。

「『7年前』に『飛ぶ』なら、奪うだけじゃ無理よ?

 私を2度負かしたご褒美、これで十分でしょう?」

「......分かりました。ありがとうございます!」



「先生、7年前って......?」

「佳助さん、まさか、海未姉さまと空良兄さまのことを......」



 悟君と時子が駆け寄る。

「大丈夫だ。俺を知らない悟君に、きっと会いに行くよ。

 この3か月、あの『3か月』、そして、これから『飛んでいく』こと、土産話になるだろう?」

「せんせぇ......約束、ですよ!」

 ああ、と答えて、左手で強く握手をする。

 そう、俺の右手がうまく動かないこと、それをよく知っている君。

 短くとも、得難い付き合いだった。

「時子さん、あの事件が、この神崎家の悲劇の始まりであり、俺の物語の鍵であり、終わりなのです。

 あの事件を仕組んだ者、その者はとっちめてやらないといけないのですよ」

「でも、貴方がそこまで......」

「俺にしかできません。

 あの場で生き残ったのは、俺だけなんですから」

 哀しさを湛えた視線。

 そう、この時間軸ではたった1日の付き合いである時子が、ここまで俺を慮っている。

 それも当然か。

 『別の彼女』が『別の俺』を送り出したのだから。

「安心してください。

 今の記憶を持ち越せるなら、うまくやります。きっと、3か月前の事件も、7年前の事件も」

「あと2回、なのですね。......ご無事を祈ります。

 さあ、わたくしに眠る『異能』、差し上げますわ!」

 時子は胸を張る......。誤解があるようだ。

「握手をして頂ければ......」

「~~~ッ。私ったら!忘れてくださいまし!」

 赤面しながら差し出された両手を、ゆっくりと包む。『黄金』が流れ込み、右眼に集まっていく。

 


「じゃあ、外の『カメ』と『ハクチョウ』、『モンキー』によろしく!

 『ホーク』、君は『3か月後』も良いやつだった!敵ではあったが!

 『モンキー』との息の合い方は見事だったぞ!

 『ウサギ』!『別の君』のオーダー、千里さんとのデートは、『今の君』次第だ!頑張れよ!

 『ジャガー』のことは残念だが、俺が『飛ぶ』時間軸の先では絶対に死なせない。

 そんな未来もあるって、そう、信じてくれ!

 ここに来ていない『ユニコーン』『フェニックス』『ドルフィン』『バタフライ』も、必死に生きていた!

 それは断言する。それは、これからも、どんな時間の流れでも、だ!

 『別の君たち』に会いに行くよ!」

 

 

「なんだよー!俺も裏切りを隠してたのに気持ちよくサヨナラかよ!」

「うるさいですねー......。セクハラですよー?」

「畜生!もう止めまい!『別の私』によろしく!佳助さん!」



 さようなら、みんな。

 さようなら、世界。

 さようなら、『俺』。


 

 俺は、『黄金』で身を包み、体を失っていく。

 


 そこで、聴こえた。



「さようなら、佳助君」

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