第48話 『魔王』と『勇者』

「さて、俺が挑戦者です。では、遠慮なく!」

 拳銃を構え、狙うは膝......!安全装置を解除し、引き金を絞る。

 呼吸、心拍のリズムに乗り、狙撃する!そして、さらに2発!

 10m、拳銃の間合い。

 これより近ければ、剣や拳の方が速い。

 この3発で、この拳銃の役割は終わりだ。

 


 果たして銃弾は......千里さんの膝に着弾!

 だが、『黒鉄』の鈍い輝きを放つ千里さんは、少しもよろめくことはない。



「あら、元刑事......流石の狙いと言うべき?

 それとも、市民に威嚇なしで発砲する暴挙を咎めるべき?」

「後者で頼みます!俺は現代日本社会に帰るつもりなので!」

 


 拳銃に安全装置をかけてからベルトに挟み、一息に距離を詰める。

 両拳を固めて左右の足を前後に開き、リズムを取る。

 ボクシングは素人だが、手数で探るなら最適だろう。

 


 左フックでボディを狙う......!

 千里さんは半身を引いて回避する。

 ......と思えば、その勢いで上段回し蹴りが襲い掛かる!

 両膝を折って回避!

 油断せず、『視て』、観察を続けろ!

 頭上から急制動をかけたかかと落とし。

 『紅い』閃光を確かに『視て』、負った膝を伸ばして後ろへ跳ぶ。

 間合いは一気に開き、2m。

 拳ではなく、刀の間合い一足一刀だ。

 


 千里さんはカンフーの構えを取り、先ほどの『くれない』を全身に奔らせる。

 種は分かった。それは、『肉体を止める異能』。

 動作の後の隙を強制的に失くし、格闘戦において圧倒的優位性を誇るだろう。

 なぜならば、『隙』とは、動作の前後に生じるモノ、動作の連続性が高まるほど隙はなくなる。

 初心者の『暴れ』の厄介さを、圧倒的技術と戦略を保持したまま手に入れているのだ。

「防御は素人でもできるわ。でも、安全に間合いを取ったことは褒めてあげる」

「ただでさえ剛先輩と互角の腕だったのに、『異能』まで使えば敵なしですね。

 でも、次は当てます。

 銃弾を防いだ『異能』に『切り替え』てはいかがです?」

 そう、千里さんの『色彩』は生来の『奪い、与える』、『透明』に加えて、発動する際は『1色』になる。

 だからこそ俺は見抜けなかったのだが......。

 これは『異能』の性質なのか、身体機能を損なわないためのセーフティなのかは分からない。

 ジャケットから伸縮式警棒を取り出して、右手で構える。

 ぶっつけだが、あの『紅』を俺も纏えば、間合いの差で勝てる......!

「あら、ご忠告どうも。でも、乗ってあげないわよ?」

 千里さんが纏うのは、『蒼い』スパーク......!何が来る......?

 瞬間、重力が回転する。

 否、回転しているのは俺だ。

 無様に床に叩きつけられる。

「さっきの『異能』の対となる、『体を動かす異能』よ。

 きちんと当てないと、反動で私の方が壊れるの。

 どう?私に傷が無いということは効いたわよね?」

 平衡感覚が狂う。

 地面に伏せているのに、まるで荒波の中の小舟だ。

 これでは立つこともできない......。



 『』を出すしかないか。



 俺はすっと立ち上がり、警棒を構える。時間制限は『視て』判断するしかないが、一瞬で片を付けるならば問題ない。今ならできる......『ライオン』石井の『緑』を全身に行き渡らせる!

 千里さんは『蒼い』スパークで構える。


 

 同時に、弾ける!



 速度は千里さんの方が上だ。

 開いた10mのうち、飛び蹴りを放っている千里さんが埋めたのは8m。

 だが、動きは直線!

 俺は『加速した時間』の中で身をよじってかわす。

 俺の回避を悟った千里さんが『紅』を放ち空中を蹴ってムーンサルトを放つ。

 だが、『遅い』。

 ラリアットを逆さまのボディに叩きこむ!

 


 『異能』解除......!

 


 完全に入った。

 千里さんは20m先に倒れている。



 ジャケットの中を確認すると、『緑の苔』が溢れていた。もう時間切れだ。  

 『収奪温室ボタニカルキラー』の欠片をジャケットの中に仕込むこと、それが俺の『切り札』であった。

 


 傷を癒やし、『異能』のフィードバックを無視する。

 


 当然、タイミングを間違えれば、俺も『苔』になってしまうのだが。

 尻ポケットからライターオイルとマッチを取り出し、脱ぎ捨てたジャケットを燃やす。

 見えない目を刺す煙と刺激臭が立ち込め、『緑』は消えた。



「やるじゃない、それは、『カメ』の『異能』ね?

 他者の、『異能』を模倣する、それが、貴方の『眼』の本質......!」

 地面から上半身を起こすも、うずくまりながら腹を抑えて 息絶え絶えに千里さんが叫ぶ。

「いいえ、彼は今『ライオン』を継ぎました。

 彼の様子を見るに、貴女が殺した男の名でしょう」

「そうよ、彼は強敵だったわ。

 『認識阻害』相手には広範囲の致命的攻撃しか打つ手がなかったもの」

 『猿の騎士』を追い詰めた人間の模倣なら確かに切り札ね、と千里さんは笑う。

 そう、笑う。この清浄な空間に、1人の笑い声が響く。

「貴方を見くびっていたわ、佳助君。貴方は敵。私が殺し、乗り越える敵よ!」

 


 千里さんが立ち上がり、左手を突き出す。そこには、眩い『太陽オレンジ』。

「決着には、全ての始まりの、この『異能』が相応しいわ!」

「ならば、俺もここから命がけです!」

 俺は右手を掲げる。7年前剛先輩を殺し、7年間俺の腕を苛んだその『閃光』、俺が『再現』する『異能』の中で最も容易い!

 両目から血涙が流れ、頬を伝う。

 狙うは波動の逆位相による相殺!

 『太陽』が、2つ、生まれる......!



 銃声。



 それを発したのは、当然、俺の拳銃。



 放ったのは、千里さんの背後に立つ、小さな人影。

 『不死鳥フェニックス』だった。



 千里さんの『色彩』が一気に『無色透明』へと変わり、崩れ落ちる。



「ぬしは300万人を殺したから死ぬのではない。

 『ライオン』を、いや、志村を殺したからここで死ぬんじゃ。

 伝えてなかったのう......わしから奪った『異能』、『転生』は、老衰死でのみ発動するんじゃ。

 大量の『異能』をやり取りしたぬしの体ではそう遠くなかったじゃろうから、間に合ってよかったわい」



 滔々と語る少年。

 こんな、結末......。

 そう、彼にも、資格があった。

 だから受け入れるべきだ。

 だが、それは、とても、嫌だ。


 

「千里さん!しっかり!」

 気付けば、駆け寄っていた。

 抱き上げるその体は、力なくだらりと垂れる。

 流れていく熱。

 見えなくても、これは致命傷だと分かる。

「......こうして、『魔王』は倒されました、とさ。めでたし、めで、た、し」

 微かな声。それは、生命力を失くした空の器の音。俺が聴くのは2度目だ。

「駄目だ、貴女の復讐を否定する、俺の目的は......!

 剛さんから託された想いは......!」

「剛......。貴方のところには、行けないわ。

 でも、そうじゃなきゃ、生きていられなかったの......。

 貴方が居ない世界は、狭かった......」

「別の貴女が、先輩と過ごせる未来、俺はそれを作るためにここに来たんです」

「そう......。それは、素敵ね......。

 でも、私は、その私に嫉妬するわ。

 殺しちゃいたいくらいに......。

 だから、行って。もう、ここには、何もないんだから......」

「はい......!」

「最後に、あげるわ......。

 私の、『異能』......。

 時子ちゃんの『異能』で飛べるのは1年が限界、だから......」

「どう、使えば......?」

「奪って、薪にして、燃やして、飛ぶ......。遠くに......」

「はい!」

「ねえ、星が、綺麗、ね?」

「はい......!」

 俺の右眼は、胸に赤い華を咲かせた千里さんを映していた。

 千里さんの右眼には、『星空』が、瞬いて、消えた。



「なあ、『不死鳥フェニックス

「なんじゃ、久しぶりじゃのう、『探偵』」

「7年前に俺は飛ぶ。もう1人の君はまた『ライオン』に会えるかな」

「それは、難しいかもしれんの。わしの肉体は3歳になるところで記憶も思考能力も定着しとらんから、『探偵』の話を理解できんじゃろう」

 ま、7年かけてまた会えれば良いんじゃ、と少年は笑う。

 悪いな。おそらく、『協会』は生まれない。

 もう、あの12人が集う世界にはならないんだ。

「そうだな、俺ともまた会おう。少年」

「誰が少年じゃ!体感100歳じゃぞ!わしは!」



 俺たちは、地上へと、歩調を合わせて戻っていった。少年のスキップと、おじさんの重い足取りは、同じ速度だった。

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