第47話 その女、橋本千里
「なー!手錠足枷外してくれよー!どうせ、ネットでライブ中継してんだろー?
『騎士』の身で敗者が逆らったら主の名も汚すんだからさー!」
「その手があったか!今から中継します!良いですよね、先生!」
「クソ!無駄な入れ知恵しちまった!」
敵でありながら、愉快な青年だ。大岡大地の手錠を......。そういえば、だ。
「千尋さーん、鍵を出してくれますか?」
「そんなの無いですよー?」
「そうか......仕方ないか......」
うむ、仕方がない。俺は腰から拳銃を取り両手で構える。
「ちょ、待って待って!」
乾いた銃声。
「あ!さっきのはやっぱり本当にフリー素材か何かだったな!
本物の方が安い音してる!」
「今度は足だぞー。動くなよ?」
「ハイ……」
こうして、『鷹の騎士』は完全敗北を全世界に放送されたのである。
ちなみに、『猿の騎士』はムッスリとして座り込むも、画面に見切れていた。
「『猿の騎士』、いや、烏山健児君。
君が敗北を認めたのは、その『異能』のフィードバック故だね?」
烏山は首を縦に振る。代わりに、大岡が答える。
「『モンキー』は『超速再生』を使い過ぎると認知機能が一時的に低下するんだ。
多分、喋りたいのに言葉が浮かばない歯痒さを感じてると思うぜ?」
「......そうか」
俺も、烏山も、『異能』に体がついていかないのだ。ならば、この奥にいる千里さんは......?
ドサリと、重い音。
振り返ると、石井が倒れていた。
そうか......彼も、そうなのだな。
時子が駆け寄り、肩を貸す。
「は......んど......う。い......の......う......の」
「はい......!」
「た......く......す......た......ん......て......い」
そうか......。おそらく、彼には今の世界がとても『速い』のだろう。
「わ、か、った。ま、か、せ、ろ」
顔の高さを合わせて、噛み締めて、言う。
石井は亀のようにゆるりと首を持ち上げて、頷いた。
奥に進むのは、俺、悟君、千尋、大岡大地の4人だ。
時子は地上で石井と烏山健児の手当て......と言っても、現状の観察しかできないだろうが、留まると言った。
俺以外はこの道を3か月前に歩いたのだと言う。
俺の救出のため、あるいは、千里さんの目的のために。
全く生物の存在しない壁面は、『異能』で生物を『視る』ことに頼る俺にとっては闇そのものだ。
悟君の肩に手を置いて進む。
らせん状に下ったその先、『色彩』の溢れる空間に出た。
そこは、『極彩色』。
見る人が見れば美しいのかもしれないが、俺は吐き気をこらえてよろめく。
「門番が勝手に客人を通すものではないわよ?」
その中心に、棺から上半身を起こした人型。
弔花の如き『色彩』は見るに堪えないが、確かに千里さんだった。
「それに、出戻りの『ウサギ』ちゃん?寂しくなっちゃったのかしら?」
びくりと震える千尋。もう、そこにはかつての憧れの感情は無い。
「橋本千里!彼女はもう『ウサギ』じゃない!僕たちの仲間、神奈川千尋だ!」
「あらそう。普段なんて呼んでるの?」
「それは......ちひ......?神奈川......?呼んだことない......」
負けるな、かっこよかったぞ、悟君!
大岡が肩を叩く。良いやつだな。
「私......!今の千里さんが!嫌いです!誰のことも見ていない!」
良い啖呵だ。
そうだ。かつての千里さんとの違いは、そこなのだ。
優しい『大義』で人を殺す。それが今の彼女だ。
「そう?私は『人間』を愛しているわよ?」
「そんなこと......!千里さんに求めてない!」
たまらず、泣き崩れる千尋。
俺も、もう我慢できない。
「少なくとも、貴女との縁は切れています。
それは『視れば』分かりますから」
「あら、言うじゃない。どう、佳助君。
貴方は、強くなったのかしら?」
「俺は、まず話をしに来たのです。
俺たちを止めるくらい、今の千里さんなら簡単でしょう?」
無論、3か月前も状況は同じであったが。震えを隠して問う。この先の結末が恐ろしい。
「そうね。......よく来たわね、勇者たち。世界の半分でもあげようかしら?」
そうだ。今の千里さんは『魔王』だ。まっすぐに歩みながら、声を張る。
「東京を閉鎖して日本を壊しただけで、世界の半分とは大きく出ましたね」
「あら、簡単よ?この『領域』を地球全土に広げれば良いだけだもの。
既存の政府も軍隊も、『異能』を制御できずに勝手に崩れるわ」
「今度は何十億人死なせるつもりですか?」
「『弱い』1人が死ななくなるまで、世界を試し続けるわ。
あの時より、少し高望みしているの。......この世界は美しかったのね」
話にならない。善性が根底にあろうとも、世界を変えるチカラはこうも人を歪めるのか......!
「やはり、チカラを示すしかないのですか......?」
立ち止まり、叫ぶ。彼我の距離は10m。
「まるで、示すチカラがあるような口ぶりね。
その『視る』だけの『異能』、デメリットが勝ちすぎているわ。命がけなら釣り合う、そうでしょう?」
見透かされている......!だが、勝算はそれだけだ。ならば......!
「ええ。足手まといを丁重に送ってもらえると助かりますね」
悟君がこちらを見つめる。顔が見えずとも、分かる。
「先生......!?そんな......!あれは使わないって!それに、1人じゃあ!」
駆け寄る悟君を左手を挙げて制する。
「大丈夫だ。勝算はある。生きて帰る。それも、無傷で。眼も温存する。約束だ」
「ッ......!信じますよ!無事じゃなかったら!先生でも殴りますから!」
悟君が踵を返す。悪いな。3か月前の焼き増しだ。入れ替わりに、千尋を支えていた大岡が駆け寄る。
「もう俺も出ていくから、最後に。
『探偵』さん、千里さんと対等なのは、世界であんただけだ。俺も『モンキー』も、今の千里さんに恩がある。
だからここまでついてきた。
でも、色々背負う前の千里さんは知らないんだ。
止めていいのはあんただけ。
その結果には、俺たちも、千里さんも従うさ。
じゃあな!」
「あら、それが、私の『騎士』になりたいと言った男の台詞かしら?」
「俺たちは、『世界の敵』でしょう?
負けたら、おしまいを受け止めるんです!」
「違いないわね!
貴方も行きなさい!また会いましょう!
......
千尋は顔を上げて、頷く。それに千里さんも頷き返した。
そして、この空間には、俺と、千里さんが残った。
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