第46話 『鷹の騎士』『猿の騎士』

「というわけでー、千里さんブッ倒し隊に入隊ー」

「「「どういうこと」」ですの!?」


 かくかくしかじか。あるいは、喧々諤々けんけんがくがく

「まあ、そんなわけなんだ。呉越同舟ごえつどうしゅう、いい言葉だろう?」

「戦力として心強くはありますが......」

「いや......。信頼、できない。『騎士』の、『異能』の、全貌も、知らないのに、不確定要素、増やしたくない」

「これは『カ......ライオン』に同意です!何か出せ!情報!」

「うるさいですねー。スパイの仕事ならやっておきましたよー?」

 千尋が取り出したファンシーなメモ帳の表紙に鷹と猿が描かれている。

「なんだ、可愛い趣味してんじゃ」

 語尾をヒュッという音に変えた悟君の脇腹を無言で突くのは時子、それは正しい判断だ。

わたくしもこのシリーズが好きですわ。私は黒い子が好きですの」

「分かるじゃーん......」

 同年代の女子2人が親指を立てる。この領域に立ち入ることは、男の身では無理だろう。

 だが、話を進める役割は......。悟君は床に崩れて体を折っている。石井はふるふると首を振る。仕方ない。

「スパイの大手柄、知りたいナー......」

「え、キモ」

「佳助さん、それは流石にオジサン過ぎますわ......」

 おじさん、泣いちゃうぞ。

 


「向かうは......神崎女学園跡地、『転生神殿』か」

 中二......大仰な名前だ。言っていて恥ずかしい。

「あー、それ、私のメモの中だけの呼称ですー」

 こんにゃろ。

「とにかく。

 跡地には闘技場があって、千里さんに挑む者は『騎士』に力を示すんだな?」

「はいー。

 私たちが3か月前に使った入り口を含めて、千里さんが居る地下へは『結界』が張られていますー。

 触るとボーボー燃えちゃうやつが」

 神崎空良の『異能』だ。

 本人がかつて使ったそれより大規模だが。

「『猿の騎士』、は僕が、抑える」

「透明化して飛行する『鷹の騎士』は、『視える』俺が千尋さんに飛ばしてもらって対処する」

「僕は敵のかく乱!」

「私は、戦況を皆様に伝えますわ!」

「よし、出発だ!」

「ちょっと待ったー!」

 この陽気な声は、『ドルフィン』だ!

 この病院に入院していたのか......!

 車いすを器用に扱って凄まじい速度で向かってくる。

「3か月寝てた『探偵』さんはともかく、時子ちゃんと我が戦友、『カメ』はツレナイぜ!このこの!」

 ドルフィンパンチ!と言って勢いを乗せ、石井を小突く。いや、イルカはパンチしないだろう......というのは、膝下を切断した彼には言うべきではない。

「俺の進化した『異能』は、海だけでなく空をも泳ぐ流体の覇者だったんだがなぁ!

 『ホーク』め、飛び道具を使う鳥がイルカ!?」

 石井は体を震わせ......。

「ふっ......イルカ......!」

 ウケている......だと......!?雑にもほどがある親父ギャグなのだが!

「先生、おじさん度がもっと高い人が現れてよかったですねぇ!」

「うるさいよ」

 こんなノリ、いつか、あったような気がする。

「まあ、本題だ!頑張れよ!以上!」

 くるりと車いすで華麗にターンを決める。

「ああ。ありがとう。勇敢な『ドルフィン』!」

「今生の別れは『カメ』だけだ!お前さんはちゃんと帰って来いよ?」

「......ああ!」

 ハイタッチならぬロータッチを交わす。日に焼けた大きな手は、温かかった。



 悟君が手配したバンに乗り込む。運転席には石井、助手席に時子。二列目に俺と悟君、三列目に千尋。



 それぞれ時間は違えど、久々に訪れる場所だ。

 変わり果てた姿。

 校舎は崩れ、体育館があった場所は更地になっていた。

「これが......人間の戦いの後だっていうのか......」

 思わず漏れた言葉に、上空から声が答える。

「いや、多国籍軍のミサイルに無人機攻撃さ。

 まったく、迷惑だよなー?いずれは世界中がこうなるってのに!」



『不可視の鎧』を纏った人影が、10 mの高さに、『腰かけていた』。



「千尋!」

「名前呼びは、許可してないんですけどー!?」

 大岡大地、『鷹の騎士』の背後に『跳ぶ』。よし、このまま......!

「弱点対策はしてあるんだな、これが!」

 全身が『光り』、更に飛翔する!

 俺の目は元々光を捉えていないから相手を逃しただけだが、千尋はそうはいかない。

 10 mの自由落下!まずい......!

「『ライオン』!佳助さんの救出を!」

 インカムから時子の声。石井が目を閉じたまま飛び跳ねる。その重厚な肉体に受け止められ、着地。



 ......あれ、俺は倒れている......?

 音が、聴こえない。



 悟君が駆け寄り、俺を起こす。

 何かを叫んでいるが、分からない。



「......!先生!」

「ああ、何が起こったんだ......?」

「『猿の騎士』の奇襲です!

 今、『虚像』でかく乱していますが、『ライオン』が不利です!」

 


 そうだ、『モンキー』であった頃から、烏山健児は格闘戦で倒すことが困難な『超速再生』を持っている。

 打撃系の格闘では、一撃で致命傷を超えた即死でなければ意味が無い。

 『ライオン』も『猿の騎士』もそれを分かって激しい組手争いをしている。

 そこに透明化した『鷹の騎士』が不可視の『空気弾』で攻撃しようとする......が、2人の『虚像』の群れに戸惑っているようだ。

 それでも、『ライオン』にかかるプレッシャーは相当なものだろう。

「千尋、俺をもう一度飛ばしてくれるか?」

「だからー......」

「悟君、を使う。合わせてくれ」

「はい!」

「もー」

 紫焔が俺を包み、今度は『鷹の騎士』の上空20 mに『跳んだ』。落下しながら構えるのは、回転式拳銃。

 『鷹の騎士』がこちらを振り向く前に、俺は10人に『増えていた』。

 10の銃口が狙いを定め、閃光と炸裂音を放つ。に動きを止めた、その瞬間だ!

 俺は『鷹の騎士』の背中に貼りつく。

「くそ、拳銃は陽動ダミーかよ!」

「さてな?弱点、突いたぞ!

 お前の『風神甲冑』は肩甲骨近辺から発生する!

 さあ、地面とキスするんだな!」

 


 自由落下。

 


 『鷹の騎士』は手で顔を覆う。恐怖という生存本能。

 それは、助かると知っている俺にも訪れる。

 『紫焔』が俺たちを覆うと、俺は袈裟固めで『鷹の騎士』の背中を地面に押し付けていた。

 「皆さん、『ライオン』の援護を!」

 インカムから入った声は、『猿の騎士』の本領発揮を意味していた。



 俺は手早く大岡の意識を落として、手錠を手足にかけてから蘇生する。

 なにやら叫んでいるが、聞くに値しない。

 『猿の騎士』もう1つの『異能』、それは『血液操作』だ。

 傷を負わなければ筋力の大幅増強に留まるこの『異能』は、出血をデメリットとしない烏山にとっては、強者にのみ振るう質量兵器である。

 巨大な『腕』を振るう『猿の騎士』烏山健児からすやまけんじに相対するは、全身から血を流す『ライオン』石井正樹。

 格闘戦において射程距離レンジは重要な要素だ。

 例えば剣道の公式戦であれば、体格差はともかく、使用可能な竹刀にレギュレーションが存在する。

 材質、重量、そして長さだ。

 さあ、身体能力と格闘センスが互角、射程距離と残る体力は『猿の騎士』が上だ。

 もはや目で追うことすら難しいこの高速戦闘、介入方法は......!



「止めろ!『モンキー』!戻れなくなるぞ!ここまで粘られた時点でお前の負けだ!」



 それは、『ホーク』大岡大地の叫びだった。

 それに応えて、血液の『腕』は雨となって降り注ぐ。



 そう、時間を稼いだ、俺たちの、勝ちだ。

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