第45話 『ウサギ』であった彼女
「分かった、分かったから!
俺は『異能』の看破と陽動、悟君は時子さんを守りながら俺たち前衛への援護、本命は石井君、君に託す!」
残念ながら、俺の提案に頷くものは1人も居なかった。
俺には戦う力がないだの、死にに行くようなものだの、失礼な……!
「陽動も何も、佳助さんの『異能』は『視る』ことまで敵に割れていて、それ以上は使わないことになりましたのよ!?」
「俺の前職は刑事です!
これでも格闘と射撃は得意ですから!」
「そのような武器がどこに......!」
ここで助け船を出したのは、意外にも石井だった。
「闇市......。残る2人の『騎士』にすら、警察官が使う拳銃では、脅威にならないけれど、今の東京では、実弾含めて簡単に入手できる」
「世も末だが、使えるものは何でも......」
「先生ー?」
「分かった。
悟君、マズルフラッシュの映像をネットから落としておいてくれ。
VFXだかSFXだかの真似事、君なら片手間にできるだろう?」
「はい!任せてください!」
そもそも、あの口径で覚悟の決まった人間を無力化するのは難しい。
相手の武力は拳銃など比にならないことだろうし、ハッタリが効けば万々歳だ。
時子が呆れて首を振る。
悪いが、俺たちはこういう生き物なのだ。
「じゃあ、行ってくる。明日正午にここ集合でよろしく頼む!」
「先生!僕も行きます!」
悟君がせがむが、1人になる必要があるのだ。
「若者がついていては舐められる。
俺の目が普通には見えていないことも感づかれたくないしな」
本当のことだ。だが、真実ではない。
俺は、周囲に微かな『紫焔』を『視て』いた。
路地に入り、呟く。
「見てるし、聴いてる。
なんなら、俺に『視られている』ことも分かっているんだろう?
『ウサギ』
ふわりと紫焔が渦を巻くと、そこには人影。
『異能』による虚像ではなく、人間が、空間を飛び越えて現れた。
「ふふー。『探偵』さん、すっかり元気そうですねー」
確かに神奈川千尋の声だ。
「君は千里さんに『異能』の一部を貸していた。
3か月前まで。
そんな君が、どうして『騎士』を名乗らないんだ?」
「......ノンデリ......」
む、とんでもない罵倒だ。だが、避けては通れない......!
「俺たちはこの『東京』を壊す。君はそれについてどう思う?」
「好きにすればー?私に関係ないでしょー?」
「千里さんを殺すとしても?」
人影は硬直した。
「君の本来の『異能』は見えすぎる。
それを助けてくれたのが千里さんなんだろう?」
「ッ......!それが!?関係ないでしょ!?」
「関係あるな。
君は脅威だ。
その『眼』を見たときからずっとそう思っていた。
感情的な根拠だが、憂いは断っておかなくてはならない。
君は、何故ここにいる?」
「......分からない。
東京を『閉ざして』から、千里さんは遠くばかり見るようになった。
私を見てくれなくなった。
怖くて、逃げたの。
でも、帰ろうとした家は焼けてなくなってた。
ママもパパも......」
口調が崩れている。
そうだ、この少女もまた被害者だ。
自分より大人の女性が自分に厚意を持って接していたのだ。
その感覚は甘い毒だったろう。
「俺についてきても、家には帰れない。
でも、千里さんと話す機会は作ってあげられるはずだ」
「話して何になるの......!」
「お別れ、言えてないだろ?」
顔を上げる神奈川千尋。
「俺も、同じだ。君の力を貸してくれ」
紫焔が俺の右手に巻き付くと、黒鉄の重みが馴染む。
これは、7年ぶりの感触か。
回転式弾倉を確認すると、装弾済み。
取り出してみると、確かに実弾だ。
「私ー、なんでもできますよー?
お代は、別の時間軸の私に千里さんとのデートをセッティングでー」
「ハハ、それは素敵だな」
「千里さんのことそういう目で見ないでくださいー」
見てないが?このガキが......。
「失礼な......俺の威信に関わるからやめてくれ」
「千里さんのことをそんな風に言わないでくださいー」
......仕方ない......。
「......千里さんの旦那さんのこと、知ってるか?」
「......え?」
千尋は顔をこちらに向け直す。
「千里さんは、未亡人だ。神崎家の陰謀に巻き込まれて、橋本剛......俺の刑事時代の先輩でバディだった人を亡くしたんだ」
「だから......」
「そう、先輩は俺をかばって亡くなった。
当時の俺には『異能』はなかった。
だから......」
「うぬぼれないでくださいー。貴方には関係ないんですからー」
そう、関係ないのだ。
私にも、と千尋は零した。
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