第44話 『カメ』であった彼

「時子さん、良かったのですか?」

 時子は再始動した斉藤探偵事務所、否、『非常識探偵』に同行すると言って、荷物をまとめてロビーに現れた。

 身に纏うのは、シルエットからして神崎女学園の制服だ。

「ええ。

 この辺獄へんごくを、終わらせる。

 わたくしたちの目的はそれぞれ違いますが、結果はそうなるのでございましょう?」

「お見通し、ですか。俺は個人的な欲のために戦います」

「僕は、先生の行くところにお供するだけです!」

「......それでよいのです。私も、人々が苦しむ姿を我慢できないだけですもの」

 少し、不安になる。この少女も背負い過ぎている。

「それは、状況を覆す一手が、あるいは『異能』があるからですか?」

「それは......!そうなのです。

 私の『異能』は『時渡り』。

 自身を含めた生物を、記憶と『異能』を保持して過去に送り出すことができますの」

 悟君は興奮して声を被せる。

「じゃあ、もう解決したも同然じゃないですか!」

「そうでもない。

 右の瞳に宿る時子さんの『異能』、覚醒時は左にもあったのですよね?」

「その通りです。

 私の『異能』の使用制限はあと1回のみ。

 そして、3か月前の一件より前には飛べません」

「じゃあ、どうにもならない......?」

「いいえ、自身に『時渡り』を施した際、大きなチカラに阻まれる感触がありました」

 それは、この東京を囲む『境界』によるものだろう。

 空間を超え、時間軸にまで干渉するとは、『異能』はつくづく常識では計れない。

「千里さんとの対決は避けられない、か」

 


 良かった。

 抜け道が無くて。

 


 そう思った俺は、自分に苛立ちを覚える。

 やはり俺は、無辜の人々のためではなく、自分のために戦うのだ。

「じゃあ、その時には、俺を送ってください。俺が無理なら、悟君を」

 時子のことを信用はできるが、『異能』を持たない彼女では少し不利だ。

 なにより、子供が背負うことではない。

「それが......先約がありますの」

「「誰です?」」

 声が揃う。

「『協会』の生存者、『カメ』石井正樹さんですわ」

 生存者、か。この3か月、まだ俺の知らない出来事が多いようだ。

「『協会』は今……?」

「橋本千里に与する者たちと『ライオン』志村大志がまとめる者たちに分裂しました。

 志村さんが『ドルフィン』『カメ』『フェニックス』『ハクチョウ』と共に橋本千里に挑んだのが2ヶ月前。

一角獣ユニコーンの騎士』を討ち果たすも、『ライオン』は死亡、『フェニックス』は囚われの身、『ドルフィン』は両膝から下を切断、『ハクチョウ』は重度のPTSD、今も唯一戦い続けているのが『カメ』石井さんなのですわ」

「他のメンバー、『ウサギ』『モンキー』『ホーク』『バタフライ』は……?」

「橋本千里を守護する『猿の騎士』『鷹の騎士』は『異能』を複数持つ、『異能者』から見ても超人です。

 『ウサギ』、『バタフライ』は3ヶ月前から消息が辿れませんわ」

 『バタフライ』は元々どちらの派閥とも言えない立場を取っていた。

 だが、千里さんに心酔していた神奈川千尋が消息不明というのは腑に落ちない。

 


 だが、敵は3人だけか。



「佳助さん、3ヶ月前に『異能』を強化された5人で、犠牲を出しながらの撤退がやっとだったのです。

 それも、志村さんの『認識阻害』という逃亡に最適な『異能』が在った上で、です」

 場が静まる。

 あの愉快な男、志村が命を散らし、戦いとは無縁であった他の者たちも癒えない傷を負ったのだ。

「やっぱり、あの人たちだったんだ……。

 橋本千里に挑む荒くれ者が居なくなった後、最後に聞いた『抵抗者』の5人っていうのは……」

 悟君が漏らすのは、喪失感。

 かつて敵対した、その後に和解し俺の救出のために協力した者たち。

 複雑な間柄でも、彼にとっては仲間であったのだ。

「なんにせよ、石井君には会わねばならない。行こうか」



「いや。もう、ここにいる」



 そこには、頭を丸めた筋骨隆々の青年、かつての『カメ』とは似ても似つかない石井正樹が俺の背後に立っていた。



「僕は、『ライオン』の名を継ぐため、1ヶ月で10回、『収奪温室ボタニカルキラー』に潜った。

 時子さん、貴女の『異能』、は切り札だ。

 山口悟、君の『異能』、は万能だ。

 でも、『探偵』さん、貴方は、弱い。

 身体能力、は山口悟助手、以下。

 どうせ、1回で音を上げた、だけだ。

 『異能』、は『視る』、だけ。

 足手まとい、は、いらない」

「先生に向かっ」

 石井が全身に『緑』を纏った瞬間、悟君はチョークスリーパーをかけられていた。

 タップすら出来ない力強さだ。

「やめてくれないか。弱いのは俺だろう?」

「僕が、『視えた』か?」

 俺は首を横に振る。

「前兆だけだ。

 思考の体感時間を加速する君の『異能』、その対象が肉体全てに変わった。

 その鍛えた体はそういうことだろう?」

 頭部に『色彩』を一瞬纏い、悟君を放して石井は答える。

「知っていた、のですね……。確かに、見せたこと、がありました」

「だが、それだけだ。

 君1人にも俺の力は及ばない。

 足手まといなのは確かだ」

 だが、その超人的なスピードと並外れたパワーでも彼の目的は果たせない。

 それども、なんとか勝ち筋を作るには、彼の力と戦闘経験が必要だ。

 さて、どう交渉したものか……。

「御託は、良い、でしょう。

 僕では、勝てない。そういう顔をして、います。

 それは、『探偵』さんも、同じ、です。

 僕、は、磨き上げました。

 貴方は、どうなのです?」

 彼の頭の回転は、それこそ非常識なまでの速さだ。先読みが正確なことこの上ないことも、直感と熟慮を同時に重ねる彼の『異能』故だ。なら、こちらもそのように返そう。

「俺の『異能』は『視る』ことの先があるということか?」

「はい。

 視覚、を失っても『視える』、のならば、捉えるのは光ではなく『異能』そのもの。

 入力情報、は、脳へと出力、され、どこへ行く、のです?」

「......そんなことが......できるのか?」

「『異能』、は捉え方、次第、です。

 僕、も、3ヶ月前、急には、動けませんでした」

「そうだな。まずは観察から入ろう」


 

 おずおずと時子が手を挙げる。

「『異能』を鍛えるのですね?

 身体機能を損なうほどの負荷が既にかかっていることを、お忘れなきよう......」

「え、時子さん、今の会話で分かったんですか?」

 悟君はいつだかのように時子の背に隠れている。身長差が20cm以上あって全く隠れていないが。

 チョークスリーパーは相当効いたようだ。

「ええ。

 そして、佳助さんの『異能』は貴方の『情報転写』に似ているかもしれませんわ。

 コツを教えられるのではありませんこと?」

「え!?そうなんですか!?」

「石井さんの言葉を信じるならば、ですが」

 悟君は、おそらく物凄いしかめっ面をしていることだろう……。

「俺もそう思う。

 悟君は、観測したものを『投影』することができるだろう?

 俺は今まで『観測』だけだった。

 その先は君と同じ道かもしれない」

 今度は、ぱあっと晴れた顔……なのだろうな。

「ふふん、任せてください!

 まずは視覚情報の複製です!

 鏡をイメージすると、はい!」

 悟君が黒いノイズの虚像を含めて6人になる。

「まるで万華鏡だな……」

「分かりますか!流石先生〜!じゃあ、先生も!」

「ん?」

「え?」

 俺は見えていないが、見つめ合う俺と悟君。

「いや、無理だろう……。

 『異能』は生物それぞれの第六感みたいなものだから、再現は......」

 石井が首を横に振る。

「僕の『異能』、は『ジャガー』、を参考に、しました。無理では、ない。」

 そうか......。では、『黒いノイズ』を、意識して、明確なイメージを......!

 7人目の悟君が、現れ......消えた。

「先生!これは......!」

 時子は手で口を押さえ、石井は頷く。

「なるほど......。こういう感じか!」

 今度は、『黒い』ノイズが俺の形を取る。鏡写しの『黒い』俺は、俺が右手を挙げれば左手を挙げる。

「コツを掴んだようだ!

 これで俺も陽動くらいはできるだろう!」

「いえ、先生......」

 悟君が申し訳なさそうに言う。

「先生の虚像は、先生が見るものを映した......真っ黒な姿です......」

 ......そうか。脳内で処理した情報を扱う『異能』ならば、俺の視覚が影響するか......。

 と、涙が溢れるのを手で拭う。

「佳助さん!?その眼、大丈夫ですの!?」

「ええ、少し涙が......。気付かず、乾いていたのでしょう」

「涙ではありませんわ!血涙です!」

「なんと」

 まあ、多少の無理は承知の上だ。

「さて、次は石井君、いや、『ライオン』。次は君の、」

「不許可ですわ!病院を出る前で助かりました!

 さあ!さあ!」

 背中を押されて、エントランスから遠ざかる。もちろん、病棟へ向かって。



 診断結果は、眼圧の上昇に加えて目蓋の毛細血管からの出血であった。繰り返せば緑内障になる、つまり視神経が傷ついて失明すると厳しく脅されることとなった......。

 一礼して、診察室を後にする。

「『そうなれば、『異能』の行使すらもできなくなるだろう。それは困る。訓練も無しだが、切り札として使うことになるか......』、なんて考えていらっしゃいますわね?」

 時子が腰の左右に拳を当てて仁王立ちしている。

 苦笑、つい漏れた俺の笑みは、そう表現できるだろう。

「笑って誤魔化せることではありませんわ!

 犠牲を前提とした行動は認められません!さあ、お二方も!」

「先生、そういうの、先生らしくありません。

 咄嗟に命を賭けるのと、最初から命を捨てるのは違います......よね?

 いつもの先生なら、勝ち筋を見出してから動くはずです。

 なんというか......そう、思いました」

 悟君......。君にすらそう思われるとは、俺も嘘が苦手のようだ。

「僕が、『時渡り』を成功させれば問題ない、そう思っているかもしれないけれど、時間の流れが分岐するだけだ。

 『探偵』さんが失うものは、返ってこないよ」

「分かったよ、みんな。

 じゃあ、俺は『収奪温室ボタニカルキラー』で傷を癒やしてくるから!」

 引き留めようとする時子を無視してリハビリ病棟へ向かう。勿論、傷を癒やすなんて言葉は嘘であり、彼女にはそれが分かっている。あの生命力あふれる空間では、傷を負うことはできないのだ。だから、俺を止められない。



 ストレッチャーで押し開くこともできるほど軽い扉をくぐり、再び『緑』の空間へ。

 俺が絞め殺したあの亡骸は、既に形を失っている。

 さあ、もう引き返せない。

 石井の『体内時間加速』の『色彩』を、『緑』を、明確にイメージして……全身に纏う。

 すっと重力が減る感覚。

 試しに柏手を打つと、想定より低い音が鳴った。

 どうやら、成功のようだ。歩き、跳ね、走る。体が軽くて、体重移動が難しい。

 これは、緊急回避に使うくらいに思っておこう。外ではどうせ長持ちしない。



 ……外では?

 ならば……。



 扉を開くと、今度は3人が仁王立ちで待っていた。

 一回り以上歳下の3人の若者に絞られるのは、なかなか応えた……。

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