第38話 散りゆく者たちー5(終)
「『ジャガー』!!!」
背後からの声、これは志村の声だ。次の瞬間、その髭面が田中の横に現れる。
「山口くん、時子くん、『異能』を持つ生徒たちは『ハクチョウ』が無力化しているはずだったが、1人取り逃がした。
私の責任だ。
私は『ジャガー』を連れていったん撤退する」
田中に肩を貸そうとする志村だが、田中は身を捩じって拒む。
「俺はアスリートだからな......。
いくらガタイが良くても所詮一般人のあんたじゃ担げないだろう。
あと、俺は助からない。
俺の『異能』は骨格筋の一部位に作用するものだ。
精密さを捨てて複数部位の背筋と肋間筋を『加速』し続けて止血しちゃあいるが、右肺がお釈迦さ。
あんたの『異能』なら、動けるやつはみんな救える。そうだろ?」
田中は左手で志村の背に張り手をする。そうか、右腕は上がらないんだ。
「そうか。そうだな。だが、全員助ける、のところだけだ!待っていてくれ!」
志村は両手で田中の左手をがっしりと握る。
「よし、やるか!」
田中は立ち上がる。
「『ジャガー』!だから、」
「全員助けろ。探偵さんもだ。俺を『隠せ』」
血を垂らしたのは、志村だ。髭の奥の唇が裂けるほど噛みしめ、顎髭を伝う。
「聞かん坊だよ!君は!約束だ!」
志村は頷き、田中の姿が消える。あの傷で動けば、本当に助からないだろう。忘れない。田中。誇り高き『ジャガー』。
「駄目だ!俺には『視える』!来ては駄目だ!」
先生の右腕が光を放つ。今度は、一条の光。
そんな......。
そこには、胸に孔を空けて立ち尽くす田中の姿が。
その体が、崩れ落ちる。
音もなく、灰すら残さず、田中の巨躯は、消えていった。
「ああ、ああああああ!
なんで、こんな!
何故俺の体を使ってこんなことを!!!」
先生の声、聴いたことのない、激しい感情。
「その右腕、私の空良がそこに生きているからです。
貴方は海未を死なせましたが、その右腕に免じて許しましょう」
「クソ!この!」
もがく先生。
田中と時子さんと一緒に吹き飛ばされて、距離が近くなっていて、今気づいた。
先生は右腕だけが物理的には自由に動くようになっていて、その右腕と『異能』を操られているんだ。
「『ライオン』の『認識阻害』をも見抜くのね......。
佳助君、貴方の『異能』は......。
だから隠してたのね」
大岡が橋本と神奈川を地面にそっと下ろす。
「探偵さん、やっぱり感知系ー......。
それも、常に発動してるタイプっぽい」
神奈川の『浸透感知』は『異能』という未解明の現象も探知できる......僕と違って。
「神奈川、さん。
先生には光線を放つ『異能』なんて無かったはずです。
どう見えますか?」
「えー?2つ持ってるんじゃないのー?」
そんなこと......ありえるのかな......。
先生が言ってたんだ。『異能』はあらゆる生物が持つ、固有のチカラって......」
「
時子さんが手を挙げる。
「佳助さんは、光線の『異能』で右腕を焼かれたことがあるはずです。
あの人、私の伯母であり戸籍上の母、神崎
それで......」
「言ってて違和感があるのね」
橋本が間を埋める。
「はい。
『異能』の残滓から『異能』を発動させることは、あの人の『異能』を超えています。
『異能者』はあの人の他にもう一人以上......」
「烏山が上に居るなら、もう敵の増援は無いと信じるしかないっしょ」
大岡が手首をぷらぷらと揺らして、明るく言う。どう見ても空元気だ。
「『異能』での不可視化は無意味......機動力があるのは『ホーク』1人......。
一手でひっくり返さないと......」
志村が拳を震わせる。
そうだ。
田中を送り出したのは、志村だ。
「志村君、落ち着いて。いつもの君の貫禄はどうしたの?」
「そう......ですね。佳助さんが味方であれば......」
そうだ、始めからそうだったじゃないか。
喉から、溢れる。
「先生を助けましょう!」
「それが出来れば......『ジャガー』のおっさんは......!」
大岡の反応、当たり前だ。それを時子さんが手で制する。
「考えが、おありなのですね?」
「はい。ハッタリ、です。先生の18番、ですから」
僕は、虚像を『投影』する。
先生を、寸分たがわず先生の位置に。
そして叫ぶ。
「先生、今、助けに行きます!」
先生は、僕を確かに見つめた。
「無駄なことを......」
定子が呟く。
「『視えた』ぞ......。あんた、そっちの棺の中身、海未だな?」
「貴方には関係のないことです」
「いいや、あるな。あの
「それが、関係ないと言っているのです」
「そうか。関係ないのは、あんたの方だな。あの娘にあんたは要らなかった」
「この......!」
先生なら分かってくれると思っていた!
虚像を複製する!
「今だ!『ライオン』!『ホーク』!」
「ああ!」「あいよっ!」
『認識阻害』が先生本体にかけられる。その位置には虚像があるため、視覚的には変化は無い。
そう、視覚的には。
『異能』で対象に取ることは出来なくなった!
そして、『風神甲冑』、それを自身の水平移動にのみ使用した高速移動!
20 mが1秒で詰まる。
「おまたせ、探偵さん」
「安全運転で頼むよ」
「私有地内だからね、無免で失礼!」
大岡が黒い台、棺ごと先生を引き上げ、飛翔する。
「佳助君!」
橋本が手を伸ばす。着地する先生の右手を取る。
「千里さん、7年前の決着、俺が着けます。やつの手は割れました」
「そう......やっぱり、そうなのね......」
橋本は、神崎定子を見つめている。後輩を救い出した喜びはその顔にない。
「ッ!?千里さん!手を、離して......!」
様子がおかしい。先生の焼け焦げた右腕が......治っていく......?
「橋本、さん、貴方の『異能』は治癒なのですか?」
「そうね、そうだったら、良かったのにね」
橋本は先生の右腕から左手を離す。そこには、太陽の輝き。
「ようやく復讐を果たせるわね、剛」
閃光が、定子を貫いた。
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