第36話 散りゆく者たちー3

 時子さん、橋本千里、志村大志が議論の中心となり、作戦がまとまった。

 『ライオン』志村の『認識阻害』で『浸透感知』の『ウサギ』神奈川千尋を先行させ、先生の居場所、敵の位置を偵察する。

 偵察終了時にシャボン玉を校舎屋上から飛ばす合図を『トナカイ』『千里眼』橋本が観測し、陽動班と救出班が同時に突入する。

 陽動班はかく乱に向いた『モンキー』『超速再生』烏山健児、『カメ』『超集中』石井正樹、『ハクチョウ』『感情操作』中村瞳、『ライオン』『認識阻害』志村だ。

 救出班は『ホーク』『風神甲冑』大岡大地が『ウサギ』を回収する役として、『トナカイ』『千里眼』橋本、『ジャガー』『超加速』田中悠斗、僕、時子さんだ。

 撤退のスピードを意識して、観測系の『異能』をこちらに集中させ、機動力のある『風神甲冑』と『超加速』を保険としている。



 事務所前には、レンタカーが2台停まっていた。援軍たちが乗ってきたんだな、と思う。

「ねえ、怖い?」

 耳元で囁く声に、硬直する。

「怖いでしょう。自分の感情を俯瞰するのは大事よ」

 中村瞳が僕の左耳に背伸びして語りかける。

「あの......」

「でも、もう怖くない。そうでしょう?」

「貴女の『異能』ですか?」

 僕の『異能』では、『異能』そのものは観測できない。

 『異能』相手にはめっぽう弱いのだと気落ちする。

「さあね?頑張って。この組み分けだと、貴方が鍵よ」

 どういう......と訊こうとする前に、するりと車に乗り込む中村。

 意味深なことを言われても、困るだけなんだけどな。



 学園から500メートルほど離れた公園から作戦通りに姿を『消した』神奈川を見送り10分が経ったとき、2台並んだレンタカーの間に立っていた橋本が右手を上げる。

 運転席の志村が咳ばらいをして、髭を蓄えた口を開く。

 「作戦開始だ」

 大岡が透明化......いや、光学迷彩と呼ぶ方が近い気流をまとい、飛び立つ。

 志村がサイドブレーキを倒し、こちらに親指を立てる。

 隣の車両の後部座に座る僕が頷くのを見たかは分からないけれど、なんだか勇ましく遠ざかる。

「さあ、行こうか!」

 橋本が運転席に座り、シートベルトを締める。

「お待ちになって!陽動班が敵を引き付けてから突入では!?」

 構わず、発車する橋本。

「『見えちゃった』のよ。

 『ウサギ』ちゃんが危ないわ。

 彼女が捕まれば情報アドバンテージを失くして、私たち全員不法侵入でお縄よ?」

「では......」

「陽動班が向かう正門と真逆、南門を突っ切るわ」

 『突っ切る』?

「やるなぁ!『トナカイ』さん!ソリごと煙突に突っ込むせっかちさんだ!」

「「え!?」」

 僕と時子さんは目を見合わせる。

「シートベルトをお締めください!お客様ァ?」

 田中はおどけながら天井の手すりを掴む。

 急加速!目の前の運転席の背もたれにしがみつき、計器を見る!トップギア!130 km/h!?

「......!」

 声が出ない!怖い!

「突っ込め―ーーッ!!!」

「キャー――!」

「ハッハァー!」

 目を固く閉じ、網膜に外の景色を『投影』する。

 南門は無残に破壊され、警備員が腰を抜かしている。

 現在この軽自動車は奇跡的に走行を続けている。無人のグラウンドをひしゃげた顔で疾駆する。

「うーん、愉快痛快!『ウサギ』ちゃんは『ホーク』に掴まって体育館に向かっているわね」

「なんてことを......!器物損壊罪も加わりましたわ!」

「大丈夫!話せば分かってもらえるわよ!」

 そんなことはないだろ。

「その時は、しょうがないさ!」

 田中もノリノリだ。

 ガタガタと揺れながら、自動車は体育館に横付けした。

 そこに、『ウサギ』神奈川と迷彩を解いた『ホーク』大岡が降り立つ。

「千里さん、どうしてここが分かったんです?」

「7不思議、なんだってさ?」

「えー?私、無駄に危ない橋渡らされたんですかー?」

「この先の案内が本命よ?」

「仕方ないですねー」

 この3人はそれぞれ信頼しあっているみたいだ。

「助手さーん、この壁のタイルに残った痕跡から掌紋を『投影』できますー?」

「ッ!問題なく!」

 黒い掌の影を『投影』する。神奈川は地面のレンガをリズミカルに足でつつく。

 すると、レンガが階段状に沈み込んでいく......!

「ここからは一本道ですよー」

 橋本の手をとって、神奈川は降りていく。僕たち6人は進む。暗がりの先の、異常なまでに白い空間へ。

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