第33話 神崎女学園7不思議ー7(終)

「幼稚なトリックだったな!

 子どものイタズラにはきつーいお仕置きをせんとなァ!」

「密室トリックもなんのその!見事な脱出劇でございました!」

「流石は非常識探偵!お見逸れいたしましたわ!」

 体育館に響く3人の声、体育倉庫の前に集まる少女たちは、声の出所を探す。

「音も光も、当然ネズミの一匹も逃がさない牢獄から、逃げられるはずもないって?

 うーむ、そう思っているのは、この中では一人だけなんじゃないか?

 閉空間領域境界面において、あらゆる物理現象を遮断する、そう自らの『異能』を理解していたそこの君?」



 少女たちの視線が一人に集中する。

「待って、私の『異能』は維持されてる!中に3人居る!ハッタリよ!」



「証拠は?」「失敗は早めに言った方が良いよ?」「あかねみたいに『没収』が怖いんじゃないの?元に戻るだけなのにさ」



 手が少女を後ろから抱きすくめ、口元をさらりと撫でる。

「イヤ......。や、めて......」

 少女は苦しみだす。荒い息は空気を吐くばかりで吸うことはない。

 『異能』による現象である。



「私の『マクスウェルの悪魔』で閉じ込めたほうが良かったんじゃない?

 それなら光と空気だけ『許可』して見張れたんだから」

「手で触れないと張れない防壁では無理でしょ」

「ただの念動力が口を挟まないで」

「は?何様?」「ちょっと、もうやめてよ」「触らないで!」



 倒れこんだ少女が伸ばした手は、誰にも取られることなく、枯れた花のように落ちる。



「なんて、酷い......」

 『情報転写』で外を伺う悟君が漏らす。

「そうなったか。

 俺が主犯だ。俺の責任だ。

 悟君、神崎さん。合図と同時に扉を破るんだ」

「はい......!」

「っ......。分かりましたわ!」

 通気口はふさがれていなかった。

 『碧い』錠前の『異能者』は俺たちの生命維持を考えたのであろう。

 空気を媒質とする波動、すなわち音波を悟君の『情報転写』で外部へ流して、仲間割れを起こすことにしたのだ。

 悟君だけは転写先の音波を拾っている。

 彼の様子から、どうやら俺の思惑を通り越したようだ。

 時子は俺と同じく、何が起きたかを理解した悲痛な面持ちである。

 


 『碧い』鎖が崩れ落ちる。

「今だッ!」

 衝撃は3つ。果たして、現れたのは......。30人の『俺たち』である。

「見ない方が良い!今は走るんだ!」

 泡を吹いて倒れた少女をよそに言い合いをしていた少女たちの視線が一斉にこちらを向く。

 信じられないものを見たという者、予見していた者、理解を拒む者、みな凍り付く。

 走り出した俺たちとその虚像に反応したのは、先ほど俺たちを倉庫に放り込んだ不可視の巨大な『手』。

「悟君、右に避けろッ!」

「ッ!」

 悟君の左肩が抉られる......ように肉眼では見えただろう。

 虚像も本物として信じ込ませてこその囮である。

 その間に、30メートル進んだ。

 剣道場として使われる体育室の一室だ。

 そう広さは無い。

 『手』の追撃は無い。

 少女たちの『色彩』がぶつかり合い、操作に苦労しているようだ。

 体育館の出口に俺たち3人の本体が......否!

 悟君の本体は未だ体育館のエントランスに!

 本体を殿にしてどうするのだ!

「先生!無事逃げ切れそうですね!」

 


 背後に『手』が迫る。

 それを『視ている』のは俺だけだ。

 時子は呑気な悟君を見て頬を緩ませる。

 


 進行方向であった地面を蹴りつけて、体育館へ走る。

 全員があっさりと逃げ切れるとはハナから思ってはいなかった。

 理解していない様子の悟君とすれ違い、『手』の中へ飛び込む。

 


 理解した時子が手を伸ばし、叫ぶ。

 体育館の出口にたどり着いた悟君が振り返る。

 


 音の無い世界。

 万力の如く締め上げられる肉と骨の軋みに、感覚が薄れていく。

 27体の虚像が捻じれて消える。

 時子が悟君の手を引き、出口から姿を消す。

 辛いものを見せたが、役割は果たしただろう。

 


 あとは、頼む。

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