第31話 神崎女学園7不思議ー5

 そう、冷静に......。

 この空間は全て薄く『紅い』。

 これは、大崎あかねの『異能』の影響下にあることを意味するのみではない。 

 これは、彼女1人の『異能』による攻撃であることも示している。

 『異能』とは、生命それぞれが宿す力である。

 『異能』は常識で計ることはできないが、秩序は見出すことができる。

 それは、『異能』は生命が宿す1つの『常識』であるということだ。

 その『異能者』にとってできて当然のことができる、そして、できないことはできない。

 そういうものだ。

 つまり、解き明かすべき『非常識』は1つのみだということだ。



 悟君は震えて縮こまり、時子は巨狼を睨むもその拳は恐怖を押し殺そうと握られていた。

 武者が、大崎あかねが赤い霧の膜へと消える。すると、巨狼は再び遠吠えをした。

 2人は地面にへたり込む。

「悟君、これは『異能』による攻撃だ!俺が分かるのはそれだけだ!」

「ひぃー!見たら分かりますよ!」

「分かるなら、何か手はあるか!?」

「無理ですよー!」

「じゃあ、逃げるぞ!空間に囮を転写するんだ!」

「囮って何を!?」

「俺たちを前後反転させて、逆方向に逃げるんだ!」

「!やってみます!」

 悟君には火が付いたようだ。

 左手から黒いブロックノイズを発生させる。ならば、フォローすべきは......。



「時子さん、俺たちを信じて、全力で逃げてください!」

「信じる理由はございまして!?」

 命がかかっている状況だが、こんな場合だからこそ探ってる価値があるだろう。

「神崎本家の方々はこのような能力をもっていますね?」

「......何故、そのようなことをおっしゃるのです?」

「7年前、私は神崎海未さんと神崎空良さんに会いました」

「7年前......!」

「あの事件と共通する現象が今起こっているのです」

「......っ!後で聞きますので、今は貴方を信じます!」

 俺たちの背後に、背中合わせの虚像が浮かび上がる。

「よし、走れ!」



 虚像は巨狼へと、俺たちは背後の赤い霧へと走る。

 巨狼は当然、自身に向かってくる虚像を爪で引き裂く。骨と地肉が砕け、弾ける。

「「ひっ……」」

 声の主は悟君と時子だ。

 スプラッタを見せられて平然とする方がおかしい。 

 俺も声と吐き気をこらえている。

わたくしたちが死にましたわッ!?」

 そうだけど、そうじゃない。いや、確かにそうだ!

「悟君、君の『異能』は虚像ではないのか!?」

「僕にも分かりません!!!なんだアレ!!!」

 俺は立ち止まり、振り返る。巨狼は血しぶきを浴びた顔を拭っている。

 その『色彩』、それを直視する。

 『紅のもや』と『黒いブロックノイズ』、それが一面に散らばる『色彩』だ。これが意味するのは……。

「『異能』の干渉が起きているのではないか!?

 この空間とあの怪物は被造物、悟君の『情報転写』は虚像を『創り出す』。

 今この瞬間のみ、悟君は実体を持つ虚像を作り出せるのかもしれない!

 何か武器を『投影』してみてくれるか!?」

 悟君は頷くも、頭を抱える。

「武器……。武器……?急に言われても……」

 しまった、彼にアドリブは厳しい!

「和弓と鏑矢かぶらやですわ!笛の付いた矢です!」

「はい!」

 時子の声に応えると同時に『黒』が走り、和式の弓矢が彼女の左手に現れる。

 美しくも力強い所作でギリギリと絞られる大弓、そして矢は放たれ、叫びを上げる。

 大きく放物線を描きながら、巨狼の頭上で風を切る。

 怪物は矢に吠える。

「良い手応えです!逃げる、でよろしくて!?」

「ああ!ありがとう!このまま真っ直ぐ走れ!」

 


 赤い霧へと身を投げる3人、と思えば、視えない壁に衝突する。

「ぐぇっ」「きゃっ」「わっ」

 残念ながら、俺の声が一番情けない。

 星がちらつく……。

 視界が戻ると、そこは薄暗い、コンクリートに囲まれた部屋であった。

 剣道部倉庫の壁面に熱いキスをしたという事実、振り返って2人を見ると、当てはまるのは俺だけのようだった。

 視線が、痛かった。



「どうやら、あの異空間?からは抜け出せたようだな……」

「『ぐぇっ』」

「......」

「フッ......いえ、壁にぶつかったのですから、仕方、ありませんわ......フフ......」

「先生......。ぐぇって......」

「うるさいよ」

 このガキども......。

 と、そんな場合ではない。

 周囲を『視る』。

 悟君の『黒』、時子の『黄金』、そして、探す『紅』は扉の傍らにあった。

 そういうことか。

「大崎あかね。

 君の『異能』は破った。

 俺たちをこの閉鎖空間に誘い込む必要があった。

 そうだな?

 なぜならば、君の『異能』は感覚を再現した幻を展開するものだからだ」

 初対面のときの長身の少女でも、幻の甲冑で身を包んだ武者でもない。

 武器を奪われた少女が怯えている。

「何故......。何故抵抗したのですか!

 貴方たちを殺すところだった!」

「そうかもな。だが、結果は俺たちの勝ちだ。

 何故、を訊く資格があるのは俺たちだ。

 何故、俺を捕らえようとした?

 誰の指示なんだ?」

「アハハハハハ!!!ハハ、はぁ……。

 私は終わりです。

 そして、終わりには続きがあります。

 貴方の勝ち?そうですね。私の敗北です。

 じゃあ、勝ち続けてみてくださいよ。

 勝ち抜き戦ですよ?燃えるでしょ?」



 扉が開く。そこには、『色彩』をまとった少女たちが待ち構えていた。

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