第30話 神崎女学園7不思議ー4

 体育館は2階建てで、アクセスは校舎からつながる正面玄関、反対側の搬入口、校舎の渡り廊下からも外階段からも繋がる2階玄関があった。

 俺たちは2階の渡り廊下を歩く。

「次期当主とおっしゃいましたが、神崎家についてお聞きしてもよろしいですか?」

 メディア露出を一切しない神崎グループの経営者一族、この学園の理事長一族、そしてあの神崎海未の縁者、その次期当主というからには、訊かないわけにはいかない。

「私は、分家の人間です。

 現当主は伯母様で、その弟が私の父なのです。

 従姉ねえさま......今7不思議の1つになっている神崎海未の役割は、私には果たせないでしょう。

 私は、神崎家の終焉を看取る者なのです」

「......!神崎海未さんの従妹でいらっしゃるのですか?」

「7年前の死者に対して親しげですわね。

 伯母様もそうですが、死者を生者と同列に扱うのは、私には理解できませんわ」

 おそらく、現当主は別の目的があってのことだろう。

 俺は彼女の最後を看取ったのだから、彼女の『生』を覚えていなくてはならないのだ。

「いえ、前回の取材にて、噂を集めるうちに彼女の人間性が見えた気がしたのです」

「感情的で、感傷的な方なのですね、斉藤さんは」

 神崎時子は体育館の上を、青空を見つめる。

 きっと、俺の知らない神崎海未との思い出があるのだろう。

 そして、分家の人間では神崎家は存続させることはできない、と彼女は言った。

 お飾りとして、そして後始末役としてのみの次期当主。知らないことの方が多いのだろう。

「答えにくいことをお願いして申し訳ありません。

 剣道場は体育館2階でしたね?」

 仕事の話題に切り替える。感情も、事情も、触れない方が良いことがあるのだ。



 剣道場は神聖な領域だ。出入りには一礼をする。これは高校球児たちも同じだろうが、一種の儀式、己を純粋な武道家、競技者に切り替えるルーティンと言えるだろう。

 今日は土曜日、半日で授業を終え、剣道小町たちが道着姿で各々思うように過ごしている。

 あるものは柔軟運動を、あるものは素振りすぶりを、またあるものたちはおにぎりを片手に談笑している。

 乙女の束の間の午後に、野郎2匹は迷い込んでしまったのだ。水先案内人は頼もしいとはいえ。



「みなさま、稽古前の時間を少々お借りいたしますわ。

 私は生徒会長、神崎時子。

 主将さんはいらっしゃるかしら?」

 倉庫から長身の少女が出てくる。

 身長は俺と同じくらい、175 cm近いだろう。

 7分袖の道着から覗く二の腕はしなやかかつ力強い印象を与える。

 髪はショートボブで、面を被るのに苦労は多くないだろう。

「はい。そちらが探偵さんですね」

 長身の少女が俺と悟君を観察する。

 俺の背中から俺の斜め後ろにポジション替えをしつつあった悟君だが、再び元の居場所へ戻ってしまう。

 当然、視線が俺を向いた。

 そして、眼鏡の端から流し目で『視て』気づいた。この少女は『異能者』だ。喉元に『紅い』炎を忍ばせている。

 視線が交錯する。

 俺の『異能』は、先手を取れること、その一点が強みなのだ。

 感づかれる前に、眼を見つめて言う。

「はい。斉藤佳助と申します。

 しがない探偵をやっておりまして、以前副業の記者として貴校で取材をいたしました」

「お噂はかねがね。

 私は剣道部主将、大崎あかねと申します。

 単刀直入に言いましょう。

 剣道の打ち込み台が噂になっているのです。こちらへお越しいただけますか?」

 


 4人、倉庫へ足を踏み入れる。すると、扉が外側から勢いよく閉められた!

「どういうことですの!?」

 神崎時子が叫ぶ。

「いえ、部員のイタズラでしょうが......」

 そうこぼす大崎あかねだったが、その口からは紅い煙が上がる。

 俺は、咄嗟に備品の竹刀を左手で掴み、突きつける!

「嘘はいけませんね、剣道家として腐りますよ?」

 額に汗が噴き出す。

 やはり、『異能』を眼にするのは刑事時代の鉄火場とは比較にならない。

 大崎あかねはおどろきながらも、煙を吐き続ける。

「貴方には何も分からない......その眼をやめて。

 私は、貴方を捕えなければならないのです。

 1人ずつ、と思っていましたが、勘づかれたのならば多少手荒になります。

 お覚悟を」

 片手で持った竹刀で胸を突く......それを阻んだのは、深紅の甲冑だった。



 そこに立つのは、般若の面で顔を隠した、身の丈2 mはあろうかという武者であった。

 鋭い蹴りが俺の腹へと飛ぶ。

 両腕を交差させて防ぐも、体が宙に打ち上げられる。急激な加速で壁に打ち付けられる......かと思いきや、俺は赤茶けた地面に崩れ落ちていた。

 受け身も取れず、したたかに背中を打つ。息ができず、血の味がする。

「もうよいでしょう。諦めて、その鉄格子に自分で入って下さい」

 くぐもった声が甲冑の内側から響く。


 

 その言葉に応えるように、倒れている俺の横50 cmほどに2畳ほどの広さの鉄格子のコンテナユニットが落ちてきた。

 轟音は、衝撃は、本物だ。

 下敷きになれば死んでいただろう。

 なんとか、空気を吐いて、吸う。

 無意識の呼吸がこうも難しいとは。

 俺は半身を起こし、武者を睨む。

「諦めていないならば、我が僕と戯れていれば良いでしょう」

 ふわりと立ち込める紅い煙。

 紅い布をまとった巨大な狼、体高1.5 mはあろうかという怪物が、武者の背後から赤い煙を突き破って現れる。

 遠吠え。犬のそれではない。

 そして、狼のそれでもない。

 巨獣の咆哮。

 身がすくむ。

 これは本能が告げる生命の危機なのだ。

 悟君の手を引いて、神崎時子が駆け寄る。

「一体何が起こっていますの!?」

 そうだ。

 この少女は『異能者』ではない。

 『常識』で生きるべき存在なのだ。  

 このような場所で傷つけて良いわけがない。

「俺が守ります。

 そして、ここで見たことは忘れたほうが良いでしょう」

 


 自分よりも武器を持たない少女がいるのだ。

 唯一の『武器』を使うため、伊達眼鏡を放り捨てる。

 冷静に、俺は、巨獣を『視る』。全身が『紅かった』。

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