第29話 神崎女学園7不思議ー3

 夢を見た......気がする。

 夢というものは醒めてしまえば記憶に残らないものだ。

 たとえそれが、魂を揺さぶるほどの質量を持っていたとしても。

 時刻は朝5時37分、いつもより早く眼が覚めたことになるが、体調は良さそうだ。

 手足の指を、肘とひざを、首と腰を、最後に背骨を、動きを確かめるようにねじる。

 少し冷えた寝室の空気、それも心地よい。

 上半身に掛かった布団をめくりあげ、下半身を引き出す。

 さあ、仕事の朝だ。


 ゆったりと身だしなみを整えて朝食を摂り、珈琲のお供に茶菓子をつまむ。自腹で買っているから悟君に怒られることはないのだ。

 そうしてくつろぐうちに、午前9時、悟君がやって来た。

 その風貌に、流石に俺も反応せざるを得ない。

「君、仕事前日にイメチェンとは、気合が入ってるじゃないか」

「危機感ですよ!捕まったら坊主か伸び放題かの2択じゃないですか!」

 それは概ね事実だ。留置所、拘置所の美容環境は、衛生目的に絞られている。

 だが、肩まで伸ばしていた悟君が爽やかなベリーショートになっていたら開口一番に指摘してやらないとダメだろう。

「大丈夫。

 俺には多少あっても、悟君には後ろめたいことはないだろう?」

「あまりに怖くて、監視システムに侵入しました......。あの学校、異常ですよ......」

「コ、コラーッ!

 『異能』を見破ることはできなくても、『異能』の存在を知ってさえいれば推測は付くんだから!」

「だって......」

「やってしまったものは仕方ない。

 異常というのは?」



 悟君によると、体育館の警備が異常に固い割に、監視カメラの死角が一か所だけあるのだという。

 赤外線センサーが張り巡らされ、おそらくは物理的なセキュリティもある中で、死角を設けるのは不自然だ。

 そして、地中の金属ケーブルのみを使ったイントラネット孤立したネットワークを整備しているという。

 悟君の『異能』では、漏れ出る磁場から存在を把握するのがやっとだったというが、これも高等学校には必要ないものだ。

 何者かの意図はある。だが......。


 

「俺たちを呼んだのは、生徒会だ。

 大丈夫、7不思議について、以前は俺が取材をしたという形だが、調査を正式に依頼したいといったところだろう!」

「本当に大丈夫ですか~?」

「大丈夫!信じろ!」



「貴方が記者の名を騙っていた探偵ですのね!?

 我が校の新7不思議騒動について、責任を取っていただけるかしら!?」



 あまり大丈夫ではなかった。



 以前と同じく来客用の通用門を通り、生徒会の顧問である教員に案内されて入った一室での、浴びせかけられた言葉がこれであった。

わたくしは神崎時子ときこ、神崎家次期当主にして生徒会長ですわ!」

 自己紹介を促しているようだ。最初の威圧から常識的な対応が来ると面食らう。

 なお、伊達眼鏡を直すふりをして『視た』、この少女の『色彩』は黄金。

 しかし全身にまとっているということは『異能者』として使いこなしてはいないようだ。

 俺以上に面食らった悟君は俺の背中に隠れてしまった。

 俺より上背がある男が隠れられるわけがないだろう。

「はじめまして、私は斉藤佳助。

 探偵をやっております。

 こちらは助手の山口悟。頼れる男です。

 以前お会いした会長さんとは代替わりをされて?」

「はじめまして、斉藤さん、山口さん。

 私は今月に先代からこの責務を預かった身ですの。

 ですので、生徒が巻き込まれる事件は解き明かさねばなりません。

 ご協力をお願いいたしますわ」

 もちろんです、と続きを促す。

 悟君は依然として俺の背に隠れているが。



 俺が『誰も見たことがないのに、確かにいる生徒』神崎海未を7不思議に昇格させて2か月ほど、7不思議は全て入れ替わったらしい。

 ・体育館裏の遠回りになる近道

 ・林に響くすすり泣き

 ・闇しか映さない天体望遠鏡

 ・打突を回避する剣道人形

 ・眠りに誘う化学教師『セイレーン』

 ・学内ネットワークの不可解な停止

 これが新たな6つだ。

 どうでもいいもの、容疑者が明らかなもの、そして怪しいものがある。



「1つでも解決して神秘を暴いてしまえば、7不思議は7不思議ではなくなりますわ」

 賢いな。7不思議は7つあるから7不思議なのだ。

 単なるトートロジーではなく、7つの噂が相互に神秘性を高めている。

 そのことを見抜いての判断なのだ。

「では、我々が調査に取り組む『不思議』は我々が選ぶと?」

「ええ。『非常識探偵』さん。

 喋る猫又を、単なる人間の見逃しだと結論付けたそうですわね。

 私が求める推理はそれですわ」

 神秘性が高く、それでいてガッカリ感の高いものをご所望ということだな。

 体育館裏、これは調べておきたい......が、危険だ。7年前と先日の事件に関わった者に繋がる糸、少なくとも神崎時子は触れるべきではない。

 ならば......。

「剣道人形を調べます。

 一度ご案内をいただきましたら、我々にご一任いただくことは可能でしょうか」

「それはなりません。

 お二人には私の目の届く範囲に留まっていただきますわ」

 前途多難だ......。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る