第26話 その助手 山口悟

「それで、俺の助手になりたい、と」

 騒々しい12人『協会』を追い出したタイミングで、その青年は事務所にやって来た。

 年のころは二十歳前後、身長は俺より5 cmほど高いが、体重は10 kgは軽いだろう。

 実際に見てみると細身を通り越して痩せている彼は、山口さとる

 『協会』に攻撃を仕掛けた、『情報転写』の『異能者』だ。

「はい。僕は貴方の言葉で自身を省みました。

 『協会』は弱者の集まりではありません。

 彼らは、僕と違って、『人間』として地に足の着いた生活を送っている。

 その上で、『異能』の在り方について考えているのですね」

「そうだ。だったら、入るのは俺の事務所ではなく『協会』じゃないのか?」

「......あんなことを言った人間を受け容れるのは難しいでしょう。

 今僕と向き合ってくれているのは斉藤佳助さん、貴方だけなんです」

「そんなことはないと思うが......無理強いはしない。

 だが、事務所で雇うのも即答はできない」

 むぅ、と悟は口を尖らせる。

「お金なら、給料が無くても生活には困らないので......」

 まあ、だろうな。

 情報を投影する『異能』。

 ネットワーク越しなら無敵かつ万能だ。

 株取引などは容易だろう。

「事務処理が......」

「電子データなら、粘土を捏ねるのと変わりませんよ」

 そうだった。上手い言い訳が浮かばない……。

「じゃあ、決まりですね!

 僕の能力でコーディングすれば、『非常識探偵』の隠しサイトも特定の検索ワードにのみ引っかかるようにできますよ?」

 それは嬉しい。俺はhtmlに関しては、コピペと改変するしか能がないのだ。

「まあ、いきなりサーバー上に実装じゃなく、ローカルで作って、俺にも確認させてもらってから。

 それはルールにしても良いか?」

「はい!

 報!連!相!ですね!?」

 扱いやすい……。



 と、その時、『紫焔』が事務所の扉から流れ込む。

 悟は気付かない。

 じわりじわりと、手探りで歩むように、『焔』は進む。

 そう、これは『異能』の行使だ。

 俺の『異能視』でのみ捉えられる『色彩』。

 それが歩み寄る。

 俺は、この『色彩』を知っている。

 顔に疑問符を浮かべる悟を横に、『紫焔』を避けて玄関扉に辿り着く。

「忘れ物ですか?千里さん」

 扉を開けながら問う。

 視線の先には誰も居ない。

 想定した場所の10 cmほど下に、『ウサギ』神奈川かながわ千尋ちひろの眼があった。

 煌々と輝く『紫焔』を湛えて。



「......なんですかー?人の眼をまじまじと見つめてー?」

「いや、誰か居るな、と思って、千里さんだと思ったんだ。俺の勘も当てにならないな」

「千里さんに変な期待するのはやめてくださいー」

 むっ。それはない。

「そんなことはないぞ!誓ってない!」

 どうだかー?と訝しむ神奈川千尋。

 今や、その眼の『紫焔』は瞳の奥にすっかり隠れてしまい、判別が付かない。

「まあそれは置いておいて、何か用があったんだろう?

 今は採用面接中で事務所は閉めているが、客の方が優先だ」

 あー、と言いながら事務所の中へ視線を移す神奈川千尋。

「その面接に来てるのってー、私たちが知ってる人ですよねー?」

 『異能』が眼に依るものならば、気付いてもおかしくはない。

「どうしてそう思う?」

 俺の投げた愚問。どう答えるか。

「勘ですー。探偵さんと同じですねー」

 これは、挑戦だ。俺と問答を通して、情報を奪い合うつもりだ。

 当然、乗る。

 何故千里さんの『色彩』をこの少女が操っていたのか。

 何故この場所で何らかの『異能』を使用したのか。

 HOW手段はどうせ『異能』だ。

 WHY動機を解き明かすことで十分だろう。

「勘ならしょうがないかー」

「ですねー」

「まあ、入ってくれ。知ってるかどうかはその目で確かめると良い」

「そうしますー」

 『異能』を除けば小柄な少女だ。『異能』を『視る』俺ならば、荒事でも有利だろう。



 俺に続いて応接室へと入ってきた神奈川千尋を見て、悟はあからさまに動揺している。

 それはそうだ。悟は『協会』メンバーに合わせる顔が無い。

 でも、もう少し隠してくれないものか。

「悟君、こちらは客人の神奈川千尋さんだ。

 こちらは山口悟君、助手になりたいとやって来たんだ」

「えー?助手には向いてなさそ―。探偵の助手と言えば、戦地帰りの医者でしょー?」

 神奈川千尋は悟を一瞥いちべつすると、容赦ない直球の罵倒を浴びせる。

 まあ、俺も助手には体力を求めたいが。

「......ナンセンス。メカニック兼サイドキックに強靭な肉体は必要ない」

 いや、悟、なんだそれ。俺はヒーローではないのだが。

「はぁー。相性はいいんじゃないですかー?」

「それは大事なことだからな」

「ベストコンビ」

 いや、悟は何を言ってるんだ...。ダブルピースをやめろ。

「それで、知り合いだったのか?」

「「え?」」

「いや、『私たちが知ってる人』かどうか気になってたんだろ?」

 千尋に問う。

「あー。初対面ですー」

 俺の誘導に乗った。

 先ほどまでに千尋と悟君は一切接触していないのだから、『敵』の正体を掴んでいるはずもない。

 これで矛盾はしない会話になった。だが、そもそも『私たちが知ってる人』という問いの不自然さが浮き彫りになっている。

 


 黒だ。

 


 何らかの手段で、千尋は悟君の正体を知っているのだ。

「彼には、経理を担当してもらうんだ。

 コンピュータの扱いに関して、光るものがある」

「ふーん」

 もう興味を失った様子の千尋。爪を日に透かしている。

 おそらくは、目的を果たすことを諦めたのだろう。

 それは、心理戦の終了を意味している。

「用がないならミニ羊羹とフィナンシェ、どっちかお土産に持って行っていいぞ?」

「フィナンシェ一択ですねー」

 じゃ、と言って千尋は扉を押し開ける。

「千里さんに迷惑かけるのだけは勘弁してくださいねー」

「肝に銘じるよ」

 は?という顔が扉の向こうに消える。



「先生に向かって、無礼なガキですね」

「君も十分ガキだ。気を付けるように」

「え!?心外です!」

 悟君は純粋過ぎる。千里さんと千尋の『異能』、『協会』の派閥については黙っておこう。

「それで、事件はありますか?」

「浮気調査がある。明日張り込むぞ」

「楽勝です!任せてください!」


 

 後日、状況的にあり得ない接写の証拠写真をフォルダに見つけて、俺は頭を抱えることになったのであった。

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