第25話 電脳森林ー4(終)

 俺は寝室に入り、鍵をかける。

 2人だけ、という約束なのだから。扉に背を預けてARグラスをかけ直すと、レンズにノイズが走る。

 そこに現れたのは、肩まで髪を伸ばした色白の青年だった。

「ようこそ。やっと顔が見れたな」

「探偵さん。

 貴方の意図は読めたよ。

 『異能』も『協会』もあの小説に出てきた。

 ありがちなフィクションにしか見えない形でネットに出回った『虚構』。

 もう、僕が『協会』の情報をいくら流そうと誰もまともに取り合わない」

 やや高い、ハスキーな声だ。

「その通り。

 真実を虚構に隠す。

 それが俺の一手だ。

 でも、メタ読みだけでは頑張って書いた甲斐が無いな」

「読んだよ。今回の顛末を探偵さんの視点でまとめただけだね。最後以外は」

「そう、最後だ。『彼』は新たな敵から『協会』を守ることとなり、和解に至る」

「探偵さん、未来視でもできるの?」

「いいや。俺の『異能』はそんなことが出来る代物じゃない」

「じゃあ、そこは『虚構』だね」

「さあね。これから次第だ。主に、君の」

「そんなこと言って、僕が言うことを聞くと思ってるの?」

 思うね。すっかり牙を抜かれている。

「じゃあ、本当の名推理をしてみせようか。君の『異能』について」

 青年は息を呑む。

「君の『異能』は電子機器を媒介とする。

 でも、起こっている現象はデジタル信号で処理されるものではないね?」

 沈黙。

「現在の通信速度、処理速度では君の影響による映像はあり得ないんだ。

 現実世界の俺たちの姿を写し取ったあのチャットワールドでの『攻撃』、本当に写し取っていたんだ。

 君の『異能』は、覗き込み、映し出すこと。

 『情報転写』だ。

 近距離ならば、ネットワークや電子機器を使わず、空間に投影できるんじゃないか?」

「......驚いた。僕の『異能』、そこまで分かるなんて」

「非常に強力な『異能』だ。

 常識を超えている。技術や才能で成し遂げられないことが、簡単にできてしまうだろう」

 青年が半歩下がる。図星だな。

「君がネットワーク越しに攻撃を仕掛けてきたのは、君が得意とするフィールドだからだ。

『異能』を自覚する前から、の」

 青年は重そうに、口を開く。

「......無意味なんだよ......努力も才能も。

 この『異能』は僕の人生を無価値にした。

 チートなんだよ!

 ゲームも、学校のテストも、見たいものは全部見える。見せかけることもできる。

 頑張るのは無駄なんだよ。

 僕と、僕の周りの『普通の人間』は」

「そう思うんだな」

 せっかく話し始めたのだ。聴きに徹するとしよう。

「だから、世界のためにこの『チカラ』を使っているんだ。

 ならず者国家の武器制御システムに侵入して回路に負荷をかけて使えなくしたことは何度もある」

「それは、驚きだ」

 なんと危険なことを。

 現代の軍隊に対しては致命的な攻撃を行える......行えたのだ。

「だから、気に食わないんだ!

 『協会』は全員が持ってるんだろ!?

 なのに何してんだよ!

 何もしていない!」

 それが動機か。

「いいか?

 力には責任が伴う?

 そんなことはない。

 力は自由を与えてくれるんだ」

「世界をどうとでもできるのに、ぐうたらするのが自由だって言うの!?」

「ぐうたらかは置いておいて、そうだ。

 勉強ができて体力があって手先が器用なら医者にならなきゃいけないか?

 射撃と格闘が巧かったら傭兵にならなきゃいけないか?

 そんなことはない。

 もちろん、そうすることはできる」

「そんなの、おかしい。

 出来る人間はやらなきゃいけないよ」

「そう自分で思うことは否定しない。

 強い意志を産むだろうから。

 でも、他人が他人にどうこう言うことじゃない」

「そんな、無責任だ!

 これだけの力を持った人間が集まっておいて!」

「じゃあ訊こう。君は強いのか?」

「強いよ。どの国の軍隊も相手にならない」

「じゃあ、君は世界を支配できるね。なんでそうしない?」

「それは......間違っている。

 できることとやりたいことは違う」

「そういうことだ」

 俺は指を鳴らす。

「その『異能』は君に非常識なほどの可能性を与えたんだ。

 君は、その可能性から『正しさ』を探している。

 普遍的な『正しさ』は無い。

 だから、互いの『正しさ』が互いを弾かず、そっと触れ合うことを目指すのが『協会』なんだ」

 青年は口元を抑えて、考え込む。

「『協会』の『正しさ』って何?」

「『異能』を持つ持たざるに関わらず、俺たちはみな人間だっていうことだ」

「ハッ、お行儀良過ぎ。

 でも、そんなこと真面目に言える人がこんなに集まるのは......凄いことだね」

「ああ。そう思うよ」




 青年、山口さとるはVRゴーグルを脱ぎ、リクライニングチェアに身を投げる。ここは斉藤探偵事務所からほど近い、駅前のインターネットカフェのブース。

 ウサギのぬいストラップをショルダーバッグに付けた少女は、耳に装着したワイヤレスイヤホンへと届いた声を聴いて、その扉から立ち去る。どこか、うれしげな、軽い足取りで。

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