第24話 電脳森林ー3
「斉藤……さん?
めっちゃ虚空に向けて喋ってましたけどー、上手くいったんですかー?」
ウサギのぬいぐるみストラップを付けた少女がおずおずと話しかけてくる。
やはり、俺のARグラスにしか『攻撃』は行われなかったようだ。
グラスを外して答える。
「ああ。俺のARグラスにだけヤツは現れたようだが、もう立ち去ったよ」
「自分の担当部分しか知らないけど、あんな小説で......?
なんというか、ダサ......や、ちょっとオタクっぽいってゆーか......」
無理もない。小説とは、人を選ぶものである。傷つく。
「まだ分からない。
でも、ネットに公開されたということで目的は達成しているんだ。
彼、まあ彼女かもしれないが、この小説はただ1人の心に残れば大成功だから、そうなっていることを祈ろう」
そう、俺は最初の接触で『彼』の性格を端的に表すことが出来た。
ガキでバカ。
だが、嫌いじゃない。
幼稚な正義感、曖昧な自他の境界、浅慮。
それは、秩序を守り、相手に共感し、いざという時に躊躇わずに行動できることへと繋がる道だ。
「俺は、『彼』と感性が似ているんだ」
うんうん、と首を立てに振るのは千里さんだ。
「そこだけ肯定しないで下さいよ」
「千里さんに気安く話しかけないでくれますー?
私の大切なヒトなんですからー」
『ウサギ』は千里さんの腕をひしと抱く。
む、色々と、踏み込んではいけないものが見えてしまった。『協会』の秩序を崩しかねない。いや、女性同士の絆がどうということではなく、『千里さん』と呼び慣れていることが問題だ。顔も名前も知らなかったならば『トナカイ』と呼ぶべきだったが、そうではないということだ。
「ハハ、仲が良いんだな」
サラッと流してくれ。
「千里さんは私の恩人なんですー。
そんな言葉で片付けないでもらえますかー?」
食いついてしまった......。
聞かなきゃいけない流れだ……と思ったところで、『ウサギ』の唇が千里さんの人差し指で蓋をされる。
「『ウサギ』ちゃん、あのことは2人だけの秘密、ね?」
「ひゃい......」
なんだこれ......。オチが付いたところで、2人から離れる。
「探偵さん、君は小説家になった方が良い」
「それは無理です」
『ライオン』志村の冗談を切って捨てる。
文庫本1巻には10万文字が詰め込まれていると聞く。
それを何度も書き上げねばならないとは、とても実現可能とは思えない。
7000文字程度でひいこら言っている俺には。
「いや、面白かったよ?本当に。
主人公の悲壮な決意、打ち込んでいて涙ぐんでしまったよ」
「まあまあ、それは……物語のキモですからね」
「おっと、ネタバレはよしこさんだ!」
日に焼けた『ドルフィン』が遮り、俺の背をバンバンと叩く。
よしこさん……?
「俺が入力したのは恐らくはエンディングなのだが、これが……」
「よしこさーん!!!」
志村のツッコミが『ドルフィン』の脇腹に刺さる。
「よしこさん……ふふ……」
『カメ』が控えめに笑う。
「なんじゃ!盛り上がっとるのう!」
『フェニックス』の少年が話しかける。
不死鳥が羽ばたくのは、彼が着ているトレーナーの胸のプリントだ。
「呵呵、わしも読本は好きじゃぞ!ええのう!あやつもこれで改心するじゃろうて」
『フェニックス』のARグラスが黒いノイズを纏う。
「なんじゃー!......ん、『探偵』殿、2人だけで話たいことがあるそうじゃ」
俺に直接言えば良いものを......。
まあ、強硬手段に出ないのならば、態度は軟化しているということだろう。
グラスを掛け直し、声を張る。
「みんな、茶菓子は……もう食べてるか。30分間の休憩にするから、再集合まで自由に過ごしてくれ」
大福を片手に、あるいは頬張りながら、12人は頷いた。
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