第23話 電脳森林ー2

「こんにちは、探偵。

 いや、斉藤佳助。聞かせてもらおうか。名推理とやらを」

 来たか。

 俺はARグラス越しに志村と千里さんに目配せする。

 2人から緊張が『協会』メンバーに伝播する。

「待っていたよ。俺にとって君は敵ではない。

 それをもう一度言わせてもらおう」

「ふむ、言うじゃないか。

 お前の宣言通り、来てやったぞ。

 だが、あの連中がこの事務所に直接来るとはな」

 黒い影が俺の視界で振り返る。

「そうだな。ここに来ていないのは君だけだ」

「何が言いたい?」

 影の加工音声でも困惑が伝わる。

「君のような卑怯者は俺たちのなかには1人もいないってことだ」

「は……?」

「名探偵の名推理、これにて終了。

 君が学生か社会人かは知らないが、社会に触れると気分が晴れるぞ。

 福祉の手を借りるのも良い。

 その『異能』故に人と関われないのならば、俺たちが役に立とう」

 志村と『ハクチョウ』が頷く。千里さんはやれやれといったジェスチャーを取る。場は静まり返った。

 それを破ったのは、乾いた笑い声だった。加工されていても分かる。失望の笑いだ。

「クハハハ!何様だよ、おっさん!

 説教か!?

 哀れみか!?

 要らないんだよ!なんの役にも立たない!」

 この反応には覚えがある。かつての神崎空良との戦いを思い出す。

 そう、この『敵』は未成熟な人間だ。

「そうか。続けて?」

「は?

 んだよ、雑魚が。

 お前らの方が社会のお荷物なんだよ。

 ちょっとした『チカラ』があるくせに、傷の舐めあいなんかしやがって。

 社会をより良くするためにその『チカラ』を使えよ!」

「力には責任が伴う、そう思っているんだね」

「当たり前だろ!

 ただ『チカラ』があっても虚しいだけじゃん!」

「それはそうだ。持つ者は責任がある。それには同意だ」

「だろ!?」

「でも、持たざる者、だなんて目線で他人を見るのは正しいことなのか?」

「なんだよ、それ」

「君は料理は出来るか?」

「やんないよ」

「俺は出来る。でも、それは特別じゃない。

 出来ない人はいるが、出来る人は多い」

「それが何?」

「君の言う力と同じだよ。

 出来る人も出来ない人もいる。

 それだけのことに固執しても意味はないんじゃないか?」

「僕が平凡なやつだって言いたいのか!?」

「そうだ。平凡だよ。ただの人間だ」

「お前らを追い詰めたのに!?」

「確かに匿名コミュニティには大きな打撃だった。

 でも、君の攻撃のお陰で実名コミュニティへと移行し始めた。それだけだ」

「クソ!クソ!クッソぉー!」

 影が地団駄を踏む。これで揺さぶった。確実な『敵対』になったはずだ。

「お前ら!その洒落たメガネから生体情報をぶんどって、個人情報、全部ネットにばらまいてやる!」

 想定通りの展開、そして攻撃方法だ。

 俺は柏手を打つ。

 作戦開始だ。



 全員、携帯を手に取り、フリック入力を始める。

「クソ!何なんだよ!もっとビビれよ!個人情報だぞ!ヤッバいだろ!」

 誰も答えない。

 1人のノルマは500文字だ。

 数分で終わるだろう。

 だが、その数分で、この『敵』を逃がしてはならない。

 もう既にチラホラと手を上げて合図するものがいる。

 時間を稼ぐなら、もう一度煽ってみるか。

「個人情報、その流出はたしかに恐ろしいな」

「じゃあ今何してんだよ!お前ら!」

「その『異能』で確かめてみたらどうだ?携帯電話13台、余裕だろ?」

「なっ......!」

 そう、これも予想通りだ。こいつの『異能』は同時に1端末にしか影響を及ぼせない。

 俺との対話に熱くなって、このARグラスに『異能』を集中させていることも気付いていないのだ。

「クッソぉー!!!バカにしやがって!」

 12人が手を挙げている。どうやら俺が最後のようだ。

「よし、手順書通りの順番で投稿!」

「何だ!何を投稿しているんだーッ!?」

 この場にいる人間は、冷静に作業を進める。

「見てみると良い。君のために打った手なんだから」



「小説を書いたんだ。タイトルは、『電脳森林』」

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