第20話 崩壊、オフ会ー3

 さて、どうしたものか。

 2人を見送り、独り応接室の食器を片付ける。

 ノープランで啖呵を切ったことで、明日のこの時間には事件が解決していることになってしまったのだ。

 情報を整理しよう。

 まずは、What & How何をどうやってだ。

 相手は情報端末に干渉し、その性能を度外視した現象を引き起こす。

 ハッキングどころではなく、思うままの現象をコンピュータ内で起こせるようだ。

 しかし一方で、その能力の制約は現在1つ分かっている。一度に干渉できる機器は1つのみだ。

 一度干渉しさえすればその影響は持続するようだが。

 非常に強力な『異能』。

 ことネットワークの対岸から相手取れば、格好の的でしかない。

 しかしながら、Why意図には隙がある。

 最初の襲撃を思い出す。無言でアバターを暴いていったこと、俺の挑発に乗って、途中で標的を俺に絞ったこと。

 あの言動、犯人を演じることでハイになっていた。

 愉快犯である可能性もある。

 だが、可能性は可能性でしかない。

 あの『異能』を以てすれば、『協会』のメンバー全員を社会的に抹殺することは容易い。

 あの人格を甘く見てしまいかねない、対話での解決策はリスクが大きいだろう。



 ならば、一度通じた手を組み合わせよう。

 『異能者』との対峙はこれで2度目だ。

 俺は神崎空良そらを思い出す。

 『異能』により双子の姉の肉体に縛られた『異能者』であり霊体。

 彼の『異能』は光と熱だった。

 空良を追い詰めたのは、彼も知らない『異能』の弱点、同じ『異能』は同時に干渉できないという法則だ。

 俺の右腕は7年前に一度彼の『異能』によって破壊されている。

 

 

 しかし、そのまま使える手ではない。仮に、1つの機器に1回しか干渉できないとしても、攻撃強制身バレを受けたメンバーは安全な端末を1つ確保したということになる。

 それだけだ。電子機器を1つしか持たないということはあり得ない。

 ならば、手は浮かんだ。こちらから『攻撃』を仕掛ける。それも、俺を含めた13人で、絶え間なく、だ。

 俺は携帯電話にメモをしようと......したが、コピー用紙に作戦を書き出す。馬鹿げているが、やるしかない。

 この作戦は、全員の頭の回転と指捌きにかかっている。



 作戦指令書を人数分清書すると、時刻は17時であった。

 やれやれ、今日は料理をすると邪魔が入る。

 駅前でノンアルのハッピーアワーでも味わってこようか。

 今朝は和食......のはずで、昼は中華......のはずだった。ならば洋食にしよう。

 「洋食」というカテゴリはあまりに広い。

 和洋中と並べたときに、「洋」だけ国ではなく大陸なのは少し妙だと、明治だかの文化人は思わなかったのだろうか。

 ブリテッシュ英国風パブに入り、ジンジャエールとバターチキンカレーライスとチキン&チップスをオーダーする。

 このチェーン店では、注文はバーテンの立つカウンターで行う。

 カクテルはその場でステアされ、軽食は席まで運ばれる。

 強炭酸を口に含むと、口腔内を弾ける泡が目頭を熱くする。

 炭酸は得意ではないが癖になる。目がすっきりと覚めたところで、フライドチキンがテーブルに届く。

 チリソースとタルタルソース、対極に立つ2種のソースがたまらない。

 辛味という刺激で一口を早く飲み込ませるか、うまみで次の一口を促すか。

 おや、対極とは相克するものであったようだ。

 先ほどまで高温の油に浸かっていた硬めの衣を門歯で切り裂けば、未だ熱の冷めない柔らかな肉が舌に触れる。

 熱く濃い肉の味が脳へと興奮の信号を送る。

 この食感、温度、そして味。何度来ても飽きることはない。次はチップスだ。

 同じく揚げたてのフライドポテトは、一転してシンプルな構造。

 揚げ物になるべくして生み出されたと言っても過言ではないこの地下茎植物は、その使命を俺の口の中で果たさんとする。

 うま。次はチキンだ。

 この時間が、永遠に続けばいいのに。



「おや、佳助さんではありませんか。ご相伴にあずかってもよろしいですか?」

「独り呑みー?電話くらい入れなよー!」


 

 俺の孤独至福の時間は破壊された。



 ......最悪だった。俺は一滴も飲まずにいたわけだが、互いの職業についてクライアント、クライエントについては伏せながら話すうち、いつしか志村は虚空を見つめだし、千里さんは相変わらずのザルで、俺の財布は随分と軽くなってしまった。

 元気に改札に入っていく千里さんを、俺は志村に肩を貸しながら見送ることとなった。

「いやぁ、飲みなれていないものでしてね」

「それは意外です。

 ナッツクラッカーとクリスタルグラスを持っていそうな顔してるのに?」

「ああ、私は老け顔なんです。あの場での最年長は千里さんでしたよ?」

 衝撃。髭の奥をよく観察すると、肌つやは30前後のそれだ。

「なんと......じゃあ同世代では?」

「ですよ。これは傷つきますね」

 髭面がくしゃりと縮む。

「いや、心理カウンセラーは天職ではありませんか?安心感を与えるというか」

「半分くらいですかね、この見た目で有利に働くのは」

「というと?」

「若いカウンセラーは親しみやすく、年かさのカウンセラーは安定感がある。

 どっちもどっちなんです」

「なるほど、探偵業と一緒ですね」

 アラサー個人事業主2人、意気投合してホテルへ向かう。

 当然、志村大志をビジネスホテルのシングルルームに無事詰め込むためだ。

 彼は隣県から在来線と私鉄を乗り継いでここまで来たらしい。労いの言葉をかける。

「今日はお疲れ様でした」

「いえ、佳助さんに任せてしまうのですから、これくらいは」

 いや、主に千里さんが俺の金で買ってきた高度数カクテルのせいだが。

「皆さんのお力をお借りしますが、きっとうまくいきます。

 今夜はゆっくり休んでください」

 俺たちは、固い握手を交わした。

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