第19話 崩壊、オフ会ー2

 それにしても、電子機器と離れるというのはどうにも慣れない。話によく聞く、眼鏡をコンタクトレンズに替えたときのようだ。

 ありもしない携帯電話を取ろうと、左尻に手が伸びる。

 だが、これは束の間の自由だ。

 携帯電話といういつ引かれるかも分からない手綱から解き放たれ、風になびく草原に立っている気分だ。

 どうしようもなく一人で、一人きりで、風を体で感じる。

 感覚が研ぎ澄まされて、不安で、どこまでも行けてしまいそう。

 そう、俺は走り出す。

 昼食は自由に、今あるものでチャーハンを作ろう。



 炒飯チャーハン、それは懐が広い料理だ。

 字の如く、飯を炒めればそれは炒飯なのだ。炒飯のレシピしか載っていない本すら書店に並ぶほど、炒飯の定義は緩く、広い。

 冷凍の白米を半合分解凍する間に冷蔵庫を眺める。

 朝に箸を付け損ねた塩鮭、冷凍の刻み葱、生姜チューブ、醤油、白いりごま。

 ふと湧いたインスピレーション。それは最高のコンビネーション。

 中華鍋を十分熱してからごま油を注ぐと、油は白い煙を上げる。煙というが、現象としては湯気に近いもので、気化した油が空気中で凝集ぎょうしゅうしたものだという。

 油だが、湯気なのだ。

 塩鮭から皮を外して、中華鍋の中でお玉で解す。熱せられて香り立つ鮭。当然、皮は今日中に食べるつもりだ。食感や臭みを苦手とする人もいるが、俺は好きだ。

 解凍が終わった白米を保存容器から中華鍋に空け、料理用の日本酒をかける。炒飯の肝は、米を炒めながらも水分を保持させることだ。

 マヨネーズも悪い手ではないが、卵を使わない炒飯であれば日本酒で米を解すのが俺の流儀だ。

 異論は認める。

 それが炒飯という料理の在り方なのだから。

 ごま油、鮭、米、日本酒、それらが混ざり合い、酒精が飛ぶ。仕上げだ。

 葱と生姜といりごまから香りを引き立てる程度に熱を通す。そして、鍋肌に醤油を回し入れ、沸き立つ様子を確認する。

 香り。それは料理における要素として大きく、そして最後から2番目に完成する。

 気分を言えば鍋を振りたいところであるが、お玉でかき混ぜる。鍋振りは熱容量の大きい業務用の中華鍋でもなければ温度を下げてしまう。

 さあ、最後の一歩を踏みしめよう。

 茶碗に炒飯を詰め込み、二回り大きい丸皿で蓋をする。

 天地が逆転し、美しい山肌が顕わとなる。

 ナイス炒飯。

 料理の最後の要素、それは盛り付けなのだ。


 

 事務机に炒飯を運ぶ。LDKリビングダイニングキッチンをL、DKと区切った前者が応接室、後者が事務室である。

 主に居住用として借りている物件である以上どこで食事や睡眠をとろうと問題は無いが、気分の問題がある。

 無骨な机に載った鮭炒飯、それを前にして手を合わせる。

「いただきまs」

 インターホンが呼び出し音を鳴らす。ここは探偵事務所。俺の炒飯は虚しく冷めていくのであった。



「佳助くーん!」

 行動が早いな、あの人は。

「こんにちは、千里さん。今日明日は休業です」

 インターホン越しに軽いジャブを撃つ。飯の恨みは大きい。しかも今日は2食/2食100%だ。

「つまらないものですが、手土産もございますので、どうか」

 そこには、先ほど見た顎髭の中年、『ライオン』が居た。



「わざわざご丁寧にありがとうございます」

 茶を入れ、カステラを切り分けながら、俺は『ライオン』に頭を下げる。

「私には?」

「色々ありすぎますので、茶を飲み終わったら帰って下さいね」

「じゃあ、お代わり!」

 ぐいっと飲み干した湯呑を突き出す。この人には敵わないな。

「さて、どのようなご用件で」

 『ライオン』......心理カウンセラーであると名乗った志村大志しむらたいしが眉をひそめながら口を開く。

「被害を最小限に防いでいただいたこと、感謝しております。

 顔が割れてしまったのは、貴方、私、『フェニックス』、『モンキー』の4人に留まりました。

 しかしながら、貴方の挑発は我々全員を掛け金にしています。

 『バタフライ』を筆頭に、貴方のことをよく思わない者は多い」

「確かにその通りです。独断での行動でした。

 ですが、全員の仮面が剥がされるのは時間の問題でしたし、それ以上のことが襲撃犯には可能でした。

 それを少なくとも1日先延ばしにしたということでご理解はいただけないでしょうか」

「ええ。私はそのように思い、彼らに説きました。そして、明日この場所に来なければ、先延ばしは先延ばしのまま終わる、とも」

「......難しい役を背負わせてしまいましたね」

「はい。そこで、言伝ことづてです。

 この事件を解決できなければ、『ハクチョウ』が明かしたその『異能』、『感情操作』であなたには強い自責感情を背負っていただくことになります」

 なんと。これまた強力な『異能』だ。

 そして、直接的な脅し。

 しかし、それは無意味なのではないか?

「それは困ります。身勝手なことを言いますが、敵は私ではなく襲撃者です。

 脅しで成り立つ同盟関係は隙が多い。協力体制を築くことは出来ませんか?」

 志村大志は千里さんを見る。千里さんはウインクで返す。これは......。

「私を試しましたね?」

「いや、申し訳ない。『トナカイ』が信頼しろと言うだけでは不十分でしてね。かなり意地の悪いことをしました」

 志村大志はようやく茶を一口啜る。

 吐いた息から、心労が察せられる。

「呉越同舟、でしょ?やっと振り出しに立ったわね」

 一方の千里さんは茶を2杯飲み干し、カステラの2切れ目を皿に盛っている。

 それも厚さ5 cmに。

 俺は指摘しないぞ。

「まあ、脅しも本気ではないことは分かっていました。

 ここに『ハクチョウ』さんはいませんから」

「私の『異能』、『認識阻害』で身を潜めていたとしたら?」

 おっと、語るに落ちそうだ。

 『異能視』で見抜いたことを言えば、千里さんが『異能者』であることを『知らなかった』ことと矛盾してしまう。

「貴方の性格です。

 話がまとまったからと言って、彼女を差し置いて茶に手を出すことはないでしょう」

「流石は名探偵。その観察眼はうらやましい限りです」

 嘘が巧いだけだ。

 少し居心地が悪い思いをするも、これは自業自得である。

 愛想笑いをして、湯呑を口まで運んだ。

「じゃあ明日、AR拡張現実グラスを13個持ってくるから、よろしくね」

「なるほど、彼も招待するというわけですか」

「最高でしょ?」

 千里さんの笑顔は、イタズラな悪ガキのそれだった。

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