第17話 Contact『協会』ー2(終)

「ようこそ、『探偵』。我ら『協会』へ」



「何が『探偵』、だ。

 隠しはしていないが、こっちの本名どころではない個人情報も掴んでおいて、いまさら他人行儀じゃないか」

 ......沈黙。

「なんだ、無視か!?呼んでおいてなんなんだ!」

 ぬいぐるみたちはわずかに身じろぎする。

 どういうつもりなのだ......!

 ピンク色のウサギが立ち上がる。

「あーもしもし、マイクがミュートになっているみたいですよー、『探偵』さん」

 赤っ恥である。

 


「あーもしもし、聞こえますか?」

 各々リアクションをとるぬいぐるみたち。

 気を取り直して、強気に出る。

「わざわざこんなチャットで話すことはあるのか?」

 そうだ。

 俺の朝食まで見通せるなら、何らかの能力で十分なはずだ。

 ぬいぐるみたちはざわつく。VR空間内での相対距離によって音量が減衰するようで、よく聞き取れない。

 俺は円卓まで詰め寄る......マウスでアバターをえっちらおっちらと誘導していくのは、彼らが鎮まるには十分な時間を与えたようだ。

「言いたいことがあるならさっさと言え。俺を舐めるな」

 ライオンが言葉を発する。

「君は本当に『探偵』か?随分と殺気立った男じゃないか」

「馬鹿にしているのか?

 どうやら時間の無駄だったようだ。

 来るなら現実空間で来い。

 相手をしてやる」

「待ちたまえ、我々が君に干渉する手段はこのチャットツールだけなのだ!

 現実の君など知らない!」

「しらばっくれるな!

 あのような脅しに屈するとでも思うのか?

 お前たちの顔はいずれ拝ませてもらうぞ」

「なんと......!」

 無事に交渉は決裂だ。ブラウザを閉じてこの空間ともおさらばだ。



「ふふふ......あっはっはっは!」

 聞こえたのは女の笑い声。俺はこの声をどこかで聞いたことがある。

 ......まさか!

「いやぁ。ごめんね、君の名前は私以外知らないの。

 だからこう呼ばせてもらうよ。『探偵』くん?」

 千里さんだ......。鹿が両手......前足を叩く。手を叩いて笑っているに違いない。

「『トナカイ』、君がたちの悪い悪戯いたずらをしたのだね?」

 ライオンがあきれた様子で首を振る。事態が掴めてきたぞ。ならば、まずは......。

「「申し訳ない!」」

 俺は直立不動で、ライオンは深々と頭を下げて、同じ言葉を発した。



「いや、『探偵』くんったら、正直に話しても警戒して乗ってこないじゃない?」

「いいえ、『トナカイ』さんの言葉ならば信じましたよ。

 やめてくださいよ、感情に波を立てるのは好きじゃないんです」

「ふーん......へーえ......簡単に信じてもらったら、それはそれで君をここに呼ぶことはないんだけど」

 『トナカイ』との会話は平行線だ。全く悪びれていない。そこに『ライオン』が近づいて来た。

「お二人がお知り合いとは存じ上げませんでした。

 そして、先ほどはご無礼を......」

「いえ、『ライオン』さんは悪くありません。

 私も初対面の方に無礼を働きました。」

 非効率なことは嫌いなのだ。明確な『悪』がここに1人存在する。その糾弾に手を貸してもらおうか。


 

「『トナカイ』さんの独断専行で無駄な時間を過ごしています。

 私がどのように反応したと聞いていらっしゃいますか?」

 ......と思っていたが、人を責めるのは苦手だ。

 つい話題を先へと進めてしまった。

「はい、『異能』との遭遇を通じて、人々の安寧を保つため『異能』の正体を探っていらっしゃり、我らの理念に賛同なさると......」

 胸中を丸裸にされていることは癪だが、賛同しない理由もあるまい。

「賛同いたします。

 少なくとも『トナカイ』さんがどのような『異能』を操るかは分かりましたので、十分この『協会』が常識外れかも分かりました」

「うう......申し訳ない」

「話は変わりますが、私の『異能』については伏せたままでよろしいですか?」

「はい。『異能』を持つ者しかこのサーバーにはアクセスできませんので、貴方が『異能者』である証明は不要です」

 そうなのか。

 


 俺の『異能視』で気付かないとは......電子機器は俺の能力の弱点であるかもしれない。

 裸眼で直接視認することが条件なのだから、ディスプレイを通している、ひいては明らかにサーバー内で描画処理を行っているこのチャットでは俺は普通の人間でしかない。

 それを除いても、ただ『視る』だけの『異能』などは、全員が『異能』を持つこの集団では最弱のカードだろう。

 

 

 『ライオン』からこの『協会』での決まりが説明される。



 ・個人情報はそれぞれ持つ『異能』含めて訊くこと話すことを禁ずる。

 ・この場で知り得たことは他言無用。

 ・『異能』は社会を乱す目的で使用してはならない。しかし、『異能』を持つことを否定することではない。

 ・『異能』を持つ者故の苦悩を語らい、分かち合えるものは分かち合う。

 ・『異能』を持たざる者と同じ人間であることを確認し続ける。

 ・チャットサーバーにおいて『異能』を使用するのは『ライオン』の『認識阻害』を除いてあってはならない。

 ・『異能』を行使して『協会』メンバーとして行動する場合は、結果のみ報告する。

 ・インターネットリテラシーに沿った行動を心掛ける。



 ......これだけか?お悩み相談サークルではないか。

「感想を言えばルール違反になりそうだから、ノーコメントとさせてもらいます」

「皆さんそうおっしゃいます」

 『ライオン』がにこりと笑った。

 『トナカイ』を始めとして、円卓のぬいぐるみたちは爆笑していたが。

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