電脳森林

第15話 とある依頼、猫又探し

「このお寺の裏で、喋る猫と遭遇したということですね?」

「ただの猫じゃありませんよ?妖怪猫又です!」



 俺、斉藤佳助さいとうけいすけは妖怪を探している。

 当然ながら、趣味ではない。

 仕事である、と言う方が不自然ではあるのだが。

 俺の職業は探偵だ。

 もちろん、素行調査や警察時代のコネでもらう仕事が主な収入源で、隣県まで来てオカルト好きの女子大生に囲まれることは業務内容には入っていない。


 

「私の母校で新たな七不思議を発見したその手腕、どうぞ存分に振るってください!」



 女子大生のアルバイト代で賄える程度の調査料は当然相場より安く、つい1週間前ならばメールでお断りを入れるような案件。

 それをわざわざ受けているのには理由が2つある。

 1つは、俺が斉藤探偵事務所サイトの隠しページで名乗っている『非常識探偵』、その目的である生命体が関わる超常現象の調査であることだ。

 もう1つは、神崎女学院高等部のOGが依頼人であることだ。

 同校と交流を持ったからではない。

 あの学校には何者かの思惑があり、『異能者』が少なからず存在しているからだ。

 先日俺に備わった『異能視』では、あまねく生命がそれぞれ持つ『異能』の源泉である『色彩』の強弱と痕跡を『視る』ことができる。

 第六感というものが芽生えるには俺は歳を重ね過ぎたらしく、五感の1つである視覚に『色彩』のイメージが重なるように『視える』のだ。

 そして、『異能』を使いこなす者は体の1つの部位に『色彩』が凝集する。

 かつて相対した『異能者』は左腕に集中した者、瞳に集中した者がいた。

 ちなみに、俺の『異能視』では鏡やレンズを通すと『色彩』を認識できないらしく、俺自身の『色彩』は不明だ。


 

 依頼人は女子大生3人、いずれも『色彩』は薄く全身にまとっている。

 警戒は常識の範囲内で良いだろう。

「いや、ひょんなことから校内新聞のお手伝いをさせていただいただけですよ」

 嘘である。

 校内の調査をして、更に新七不思議という噂が立つまで煽ったのは俺である。

「先日連絡した通り、駅前にレンタルスペースを押さえました。

 お話を一通り伺った後は、そちらで本日の調査の報告をさせていただければと」

「分かりました!」

「15時から入室できますので、添付しました予約ページを提示して斉藤探偵事務所と名乗って下さい」

 


 依頼人たちは互いに見つめあってから一拍、黄色い声を上げる。



 3人のうち一番おしゃべりな、連絡を取ってきた依頼人が両こぶしを握ってファイティングポーズをとる。

「私たちも探偵事務所の一員ってことですね!?」

 違うが。

「ええ。今日1日よろしくお願いしますね」



 依頼人たちはこの町にある大学に進学し、同じ学生向け物件に住んでいるとのことだ。

 小学生のころから10年来の付き合いで、最も物理的距離が近づいた昨春以来、新天地であるこの町を散策するのが習慣なのだという。

「見ての通り、町はずれにお寺が多い土地じゃないですか。

 ずーっと何かと会えるんじゃないかと期待していたんですよ!」

「たぬきとか、お寺で修行してそう~」

 けらけらと3人の笑い声が響くのはとある武士の墓を祀る社への山道だ。

 あと、寺の狸なら懲らしめられる側じゃないか?

「ここです、最初は、この石燈籠いしどうろうの上から話しかけられたんです」

 


 山道に並ぶ苔むした石燈籠、その1つだった。

 『色彩』は淡い黄色。確かに『異能』を行使した痕跡がある。そうして目を凝らすと、白い毛が落ちていた。

「その、『猫又』は白かったですか?それとも三毛ですか?」

「三毛でした!よく分かりますね!?」

「いや。言うほど絞り込んでないっしょ」

 鋭いツッコミ。

 それは正しい。

 おっとりした依頼人が嗜めようとするが、俺は手を挙げて遮る。

「確かにその通りです。妖怪探しも地道な捜査が必要ですからね。

 白い体毛を発見しましたので、確認を取ったのです」

 そう言いながら猫の体毛の写真を撮り、地図アプリにメモをする。

「証拠品は集めないんですか?」

「知性と本能を併せ持つ妖怪から見て、自分の体毛を隠し持った人間は敵そのものになってしまいますからね」

 常識を超えなくても、野生動物は危険なのだ。刺激せずに接触できれば良いが。

 3人は感心した様子で俺を眺める。

 フィールドワークにおいて素人なのはバレていないようで何よりだ。


 

「何を、どのような調子で話しかけられましたか?」

「その......若い女性の声で、東京には近づくな、と」

「その他には?」

「怖くて逃げたので分かりません」

 わずかな情報だが、考察に嘘を混ぜつつ安心させよう。

「ありがとうございます。今ある可能性は3つです。

 1つ、妖怪の警告。

 2つ、喋り声のような鳴き声の野良猫。

 3つ、灯篭の陰でいたずらをする若い女性。」

 視線が集中する。

「そして、三毛猫がここに居たのは確かなようです。

 このことから、3つ目、人間のいたずらならば、人慣れした猫のはずです。

 前後を人間に挟まれて一方しか見ないというのは野生の本能から外れていますから」

 人の痕跡も見つかるはずなので調査でひっかかる可能性が高いことを告げると、感嘆のため息、と表現するのはうぬぼれであろうリアクションが発生する。

 感心しているところ申し訳ないが、実際の可能性は0に近いだろう。

「次に1つ目、妖怪の警告ならば、ここで待っていれば良いだけです。いたずらの調査と並行できます」

 目をきらめかせる3人。俺はこれが本命だ。

「最後に、人間の言葉っぽい鳴き声の野良猫、手掛かり0で終われば暫定的にこれでしょう」

 3人は露骨にがっかりする。許してくれ。

「さあ、寺まで送ります!下山の方が危険ですから、足元に気を付けましょう!」

 山の空気は冷たく、重かった。



 寺で解散の挨拶をすると、3人はひそひそと話しながら去っていった。

 口コミのことを考えると、なんとか挽回せねばなるまい。

 俺はトレンチコートの内ポケットにある猫缶を握りしめる。



 足早に石燈籠まで戻る。

 そこには、三毛の猫又が居た。

「その猫缶をよこせ」

 若い男の声......いや、聞きなれないが、俺の声だ。

「ああ。猫の一匹も居なければ夕方までに自分で食わねばならなかったからな」

「カバーストーリーか。難儀なものだな、探偵も」

 俺の声だけでなく、思考まで読んでいるのか。

 いや、違う。逆だ。

「その通り、俺は相対した生物の思考に間借りして発話が出来る」

「自己の同一性はどうなるんだ?」

「夢を見ているとき、普段なら取らない行動を取るだろう?

 発話だけなら大したものではない」

「そういうものなのか......」

「そういうものなのだ。

 本題に入ろうか。

 なぜ俺が猫又なんぞをやっているのか知りたいのだろう?」

「ああ。聞かせてくれ」

「ある女にこんな化け物にされてな。

 そいつの考えていた企みから獣どもを逃がしてやろうとしていたところに、あの若い女子大生が来たのだ。

 人間は真似ると驚くものなのだな」

 うっかりだ、反省している、と言いながら前足を舐める猫又。

「ある女とは?」

「人間の見分けなど付くか。

 お前が思い浮かべる人間と同じかどうかしか言えないぞ」

「そうか......」

「話は終わりだな、猫缶をよこせ」



 猫缶を灯篭の前に置いてやると、するりと猫又が飛び降りる。

「美味いな、これは。これは良いものだ」

「俺の声で猫缶の感想を言うのはよせ」

 猫又はニャーと鳴いた。



 15時30分、家具の備わったレンタルスペースは姦しい空間だった。

 それをぶち壊した俺は、咳ばらいを1つして切り出す。

「調査報告会を始めます」


 

 俺はここに来る前に寄ったファストフード店で書き上げた原稿を思い出しながら語る。

 猫又の正体は、猫に話しかけるのが趣味の女性だった。

 猫に餌付けしているが、なかなか顔も向けてもらえないのだと語っていた。

 これが証拠です、と食い散らかされた猫缶を取り出す。もちろん、ポリ袋に入っている。

 


 「とまあ、幽霊の正体見たり枯れ尾花、といったところで、報告を終わります」



 空気は凍り付いていた。

 まあ仕方ないだろう。拍子抜けの結果なのだから。



「偉そうに語ってた仮説と違うじゃねえか」

「まぁまぁ......頑張って調査してくれたんだし......」

「そんな感じですか......」



 最悪の空気だ......。

 『異能』が絡んでいようといまいと、山場が一番詰まらないのは自覚がある。

 『非常識探偵』は常識人なのだ。



「1日で収穫をあげるなんて、凄いです!

 約束通り、成功報酬を振り込ませていただきますね!」



 沈黙を破った声に、俺は目を見開く。いや、閉じていたわけではないが。

「いえ、ご期待に添えたわけではないようですし......」

「それを正直に報告されるのが仕事人として尊敬できるんです!」

 心が痛む。

「今日はお疲れさまでした!

 経費はお支払いしていますので、こちらのお支払いはお任せしてもよろしいんですね?」

「はい。お忘れ物にお気をつけて。今日はありがとうございました」



 ソファーに腰を下ろし、一息つく。

 年下の女性にフォローさせてしまったが、実際助かった。

 先日の事件を思い出す。

 神崎海未かんざきうみ

 彼女も年齢不相応に気を遣うところがあった。

 彼女を思い出すたび、腕の中で失われる体温を思い出す。

 視界が歪む。

 家路に就くのは少し先になりそうだ。


 支払いを終えてレンタルスペースの入るビルを出ると、意外な人に会った。

「あれ、佳助くんじゃない。奇遇ね」

「ええ、本当に」

 彼女は橋本千里ちさと。警察時代の先輩の奥方である。

 瞳に『紫焔』を揺らめかせながら、彼女は笑う。

「私は旅行で来てるんだけど、佳助君は?」

「仕事ですよ。まあ終わったので後は帰るだけですね」

「こんな観光地で仕事だけして夕方に帰ろうなんて、風情が無いわねー。

 おススメの店、教えるわよ?」

「付き合ってくれるんですかー?」

「人妻に甘えるな!」


 

 笑う。俺は、顔だけ。俺は7年前のやり取りをなぞる。

 この人は『異能者』である。

 その瞳の『紫焔』が何よりの証拠だ。

 これだけ小さい部位に、これだけ濃い『色彩』。

 相当な『異能』を持つはずだ。

 そんな人に、7年前の事件の顛末を知られるわけにはいかない。

 死者の想いを背負うのは俺だけで良いのだ。

 


 先輩。

 俺は解き明かします。

 非常識の企みを。

 俺は守ります。

 常識というゆりかごを。



 俺は探偵、斉藤佳助だ。

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