第14話 非常識探偵

 かつて海未だったものを消防隊員に託すと、俺の視界は色を失っていた。いや、色彩はしっかりと区別できる。これはものの喩えだ。

 先程までの光の奔流、神崎姉弟にあった何かが、この場にいる人間には限りなく薄くしか視えない。振り返ると、円状に焦げ付いた地面はありえないほど鮮やかに感じる。


 

「すまない、私も目をやられたかもしれない。

 警察関係者は来ているか?ひと声かけてから病院に行きたい」


 

 やって来た若い制服警官に、巡査部長殿は元気に今日も特盛焼肉弁当ですか?と訊く。

 コネがあることはこれで伝わっただろう。

 人命救助に努めたが、この場に生者はいなかったと伝える。

 その最中、現場を封鎖する警官たちに『色彩』があることに気づいた。

「彼らはこの近辺の警官じゃないな?所属はどこか知っているか?」

「いえ、分かりません。

 ここは私たちの管轄なのに、彼らが指揮を取っているんです。」

 部長の知り合いである斉藤さんなら知っているかと思いましたが、と付け加える。

 ......きな臭いな。

 だが、あまりに危険だ。

 この『色彩』は警告だ。

 関わってはいけない。

 そう本能が叫んでいる。

「怪我をしたかと思ったが、少し擦りむいただけだったみたいだ。

 家に帰らせてもらうよ。

 お勤めご苦労さまです。」

 引き止める初対面の後輩に言い切って、そそくさとこの場を去る......振りをした。


 

 観察だ。焼け跡はオレンジの『色彩』、蘇生処置を受ける海未の体は揺らめく『白銀』、慰霊塔は蒼く光り、所属不明の警官たち10人ほどは『暗緑色』。一方、俺自身には右腕がオレンジ色な以外は『視えなかった』。

 目で見えるのとは違う『視え方』。

 貴重な情報だ。

 おそらくは『異能』が『視える』のだろう。

 同じ能力者の影響下にあれば、同じ『色彩』となる。

 そういったところだろうか。

 海未に蘇生処置を施す隊員に『色彩』が奔る。一瞬だけ生じたそれは、俺にある仮説を思い起こさせた。



 『異能』は人間であれば、あるいは生物であれば必ず有しているモノなのではないか?

 そして、今挙げられる強力な『異能者』は5人いる。

 神崎姉弟、慰霊碑を建てて2人を霊化させた者、警官隊に干渉している者、そしてそれを『視ている』俺だ。

 これは深淵だ。

 常識を超えた力を持つ個人が存在する。この事実は、隣人が自分と同じく武力を持たないという社会の暗黙を壊しかねない。

 俺は、戦々恐々とした心持ちで家路を急いだ。



 それから、俺は道行く人々を、草花を、鳥獣を、探るように『視て』いく日々を過ごした。

 そして気付いたのは、全ての生物に『色彩』があること。

 濃淡は肉体の活動に左右されず、生来のものであること。



 『異能』はやはり全ての生物が有している。

 使いこなせるか否かが問題なのだ。

 その原則を破るのが、海未の『異能』、他者の『異能』に干渉するモノと推測される『異能』だ。

 7年前の空良の『異能暴走心中事件』、俺の『色彩』、それだけではない。

 神崎女学院にて調査をした際に、彼女の在籍していたクラスと生徒会の生徒たちは明らかに濃い『色彩』をしていた。

 そして、『色彩』が体の一部位に凝集することで『異能』になることが分かった。

 偶然見かけた、ネズミを捕らえる喉の『黄色い』カラス、その鳴き声は聞くもの全てを引き止める強力な催眠効果があったのだ。


 

 千里さんの目に『視えた』紫焔。

 それは、彼女が『異能者』であることを意味していた。

 敵対関係でない『異能者』。

 それは大きな手がかりだ。

『異能者』がどれだけ存在するのか、交流や組織はあるのか、それを解き明かす手がかりとなる。

 だが、甘えるわけにはいかない。

 巻き込むわけにはいかない。



 俺は霊園を後にして、携帯端末で探偵事務所のページに隠しページを作っていた。



『不可思議な出来事、常識外れの出来事、お任せあれ。

 非常識探偵 斉藤佳助』

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