第13話 7年7晩

 あの少女が事務所を訪れた夜更けから数えて7日目、俺はとある霊園に来ている。

 


 「私を見つけて、か。...悪い、今日は別の人に会いに来たんだ」

 虚空に語る。

 誰に見られることも聞かれることもない、静謐な空間。

 墓とは死者の安らぎのためにある、と生者が確信できるように、無宗教を自称するこの国には美しい墓地が多い。

 


 入り口から少し坂を上ったところに建つラウンジには、仏花と線香と軽食が売られている売店があった。

 線香を一束、それにコーヒーと紅茶を買って席に着く。

 一息、そう、一息吐く。


 

 ここ数日は気が休まらなかった。

 あの一件のこともあるが、失せ物探しの謎の少女についての依頼も解決せねばならなかったのだ。

 


 状況推理ではあるが、真実は単純だ。

 海未は霊体とでも言うべき存在であった頃、人に関われはすれども記憶に残ることが出来なかったのだ。

 俺が海未と行った店に聞き込みをしたところ、確かめられたことだ。

 俺が少女にいかがわしいことをする男だという誤解を解くのには苦労したが。

 しかし、超常現象でした、などと依頼人に説明するわけにはいかない。

 嘘ではないが真実でもないカバーストーリーとして、匿名希望の人助けが趣味の少女がいたという証拠を捏造することにしたのだ。

 


 神崎女学院高等学校の生徒名簿を入手したところ、神崎海未の名はそこにあった。

 同じクラスの生徒に聞き込みを行うと、そういえば顔も思い出せない、というのが異口同音の答えであった。

 俺は記者を名乗って学校及び生徒会に接触して、神崎海未の謎を探すことを依頼した。

 警察に出入りする身分として番記者ばんきしゃでもある――用意されてから使うのは初めてであったが――名刺が役に立った。

 結果として、学校の七不思議が更新された、という生徒会誌を作らせることに成功したのだ。

 噂の相互参照。信ぴょう性が皆無なのは、俺が意図して手を加えたのだから言うまでもない。

 


 依頼人たちからの反応は十人十色であった。

 学校七不思議の少女なら仕方ないと笑う者からあきれ返る者まで様々だったが、これでスタックした依頼は片付いたことは間違いない。



 _まだ始まりでしかない。気を抜かないでくれ_

  またあんたか。知った口を聞ける人物は一人しか思いつかないんだが。

 _なんとでも言うと良い。何だったら、殴っても良いぞ_

  忘れるなよ、その言葉。

 _忘れてしまう君が言うのは滑稽だな_

  決めた。殴って投げて極めてやる。

 _む、それは怖いな。覚悟しておこう_



「...けくん?」

「ん...」

「佳助君でしょ!昼間から寝待ちとは、良い身分ですな!」

「千里さん!すみません、最近立て込んでまして...つい」



 橋本つよし、俺の先輩のご夫人、千里ちさとさんが仁王立ちしていた。



「全く、7年間も音沙汰無しで何してたの、もう」

「探偵業を細々とやってました」

「それで、あの場所がまた悲劇の現場になって、剛を思い出したの?」

「......そのことについて、ひとつだけ言わせてください」

「なに?」

「あそこには、もう何もありません」 

 視界が明滅すると同時に頬から鋭い音がした。

「7年間、墓参りの一つもせずに、何様よ!」

 感情が積み重なって、爆発したのだろう。それも、7年間。

「あの人が最期にあなたに託したもの、無駄だったのかしら......!」

「何も、無いんですよ。7年前も、先日も、人が死ぬ理由なんて!

 あってたまるか!」

 俺もむき出しの感情で相対する必要があるだろう。

「自分が死んでいれば、なんて何度思ったことか。

 でも、そうならなかった。

 それだけだ!」

 言葉を失った千里さん。

 ......沈黙を破ったのは、彼女の喉からくつくつと湧き上がる笑い声だった。

「くくっ、ふっ、ハハハ!なにそれ!未亡人に言う言葉がそれ!?おっかしー!」

 いや、これは予想外だ。

「今のあなた、ちょっとだけ剛みたい」

「いや、先輩と僕は全然違いますよ」

「そうね、あなたはタイプじゃないわ」

「逆のことを言われても困りますが、それは傷つきますね」

「じゃあ喜ばせてあげようか?昔よりは男前なんじゃない?」

「別に嬉しくないですよ、それ」


 

 黄梅の薫る風に笑い声が乗って飛んでいく。

 あの人に似ているのはあなたですよ、千里さん。



 柄杓ひしゃくで墓石に水をかける。

 もともと汚れてはいないが、こうするものだろう。

 マッチを擦り、線香に火をつける。

 タバコは嫌いだが、この煙は嫌いじゃない。



「ねえ、初めて来た感想はどう?」

「いい場所じゃないですか。寝放題ですよ」

 脇腹にエルボーが刺さる。

「......ふぅ......あの場所、7年ぶりに行ってきましたよ」

「うん」

「建物が変わっちゃいましたし、また解体工事が始まったそうですよ」

 行方不明者15人、死者1人、中庭は全焼、施設は半壊。それが今回の事件の結末だ。

 悲劇だ。

 罪のない15人は骨も灰も残らなかった。

「事故原因は不明ですが、事故ならば管理会社や設計が行政処分を食らうだけでしょうね」

「そう......」

「何事にも因果はあります。

 ですが、それは個人のあずかり知らないところにあるんです。

 誰のせいでもない。

 全部背負えるような人間は仏陀かイエスか、どっちにしろ、もうこの世にはいないんです。

 終わったことは終わったこと。

 僕は死ぬまで何もせず、変わらず、忘れませんから」

 少しだけ嘘だ。

 何者かの意図があった。

 そして、その手掛かりは既にこの目で『視た』。

 『色彩』の無い、灰色の御影石に安堵する。


 

「今になって来たのは、そういうことだったのね」

「ええ、少し心境の変化があったんです。7年ぶりに」

「そう、13回忌6年後が楽しみね」

「いや、もう少し頻繁に来させてもらいますよ」

 


 じゃあ今度は酒でも供えてやりなよ、なんて言って、千里さんは笑った。

 俺は笑えなかった。

 


 千里さんの瞳に揺らめく紫焔を『視た』。

 この人も、そうだったのか。

 こんな手掛かりは、欲しくはなかった。

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