第9話 その少年、神崎空良ー2(終)
目を覚ます。事務所の玄関に倒れていたようだ。
『目を覚ます』というのは不正確だ。朦朧とした意識でバスに乗って帰ってきて、力尽きて倒れた衝撃が逆に意識を鮮明にしたのだ。
「佳助さん!大丈夫!?」
「ああ、今が一番マシだ」
半分本当で半分嘘を口にする。立ち上がるのは難しく、タイル床の上で
「済まないが、水を持ってきてくれるか?」
頷いてキッチンへ向かう海未を尻目に、状況を確認する。
海未の依頼で探していた神崎
7年前と変わらない姿で。
海未はその変わらない空良と当然のように会話していた。
そして、超重力と7年前と同じ熱線による攻撃…であろうもの。どういう訳か、痛みこそあるものの負傷はしていない。
今ある疑問は、空良の不可思議な状態と能力についてだ。そして、答えを知るものは2人居る。
空良本人と海未だ。簡単じゃないか。
水の入ったコップを持ってきた海未に尋ねる。
「知っていたんだな、たくさんのこと」
「おじさんよりは」
「話さなかったのは、俺が選べるようにするためなんだろう?
多分、ここが最後なんだ。
事態の恐ろしさを知ったうえで、逃げることが出来るのならな」
「うん。知ってしまえば、大変な道を歩むことになるから」
だろうな。事態は常識の範疇を超えている。解決させてしまえば、俺も外側の人間となるだろう。
「もう大体分かった。
君も見た目通りの人間じゃなくても驚かないくらいだ」
「......そこまで言うなら、話すよ。
私も全部分かっているわけじゃない。
そこは探偵さんの頭脳に頼るよ」
任せろ、と首を縦に振る。
「私は生きてもいないし死んでもいない。7年前に半死体の肉体から離れた、生霊とでも言える存在なの」
「......そうか。そう、だったんだな。空良もそうなのか?」
「ううん、空良は死霊、それも地縛霊に近い存在。
だから逃げる私達を追わなかった。」
片方の疑問は晴れた。地縛霊ならば死の瞬間の姿なのも納得だ。もう一つは......。
「あの超能力は一体何なんだ?
7年前、あの事件のときは二人とも生きた人間だったろう?」
「それは、よく分らない......」
なるほど、職業探偵は推理などしないが、そもそも探偵は死霊と超能力バトルなどしないだろう。
俺は斉藤佳助としてこの事件に決着を付ける。
「やることは決まった。失敗したら俺は死ぬ。
空良の言う通り、7年前の続きなだけだ」
「いや、佳助さんの作戦なら上手くいくよ」
「どうしてそう思う?」
「そうなってくれなきゃ困るから」
どうせ袖をダメにしてしまうならと、タンクトップの上にダウンコートを羽織る。
道中だけなら不審に見えないだろう。
時刻は21時。俺は準備も覚悟も済んだ。
「準備は良いか?」
「7年前から」
「待たせて悪かったな」
「佳助さんと、あのお兄さんが助けてくれたんじゃない」
「......俺は......」
何も出来なかった。とっさに伸ばした手は、剛さんに伸ばしただけなのだ。
「もう助かってたんだよ、私は」
「空良くんはそう思ってない。そうだろう?」
「おじさんも思ってないでしょ」
ああ、そうだ。実際にそうだ。じゃあ、俺と彼は......。
「俺は彼と同じなのか」
「うん。私にはそう見えてた。
だからこそ、佳助さんに空良を助けて欲しいと思ってたんだ」
「7年間、俺は忘れようとしていた。
忘れるわけなんてないのにな。
事態の理不尽さ、それに何もできなかった不甲斐なさは焦げ付いていた。
そして空良くんはあの場所で縛られてた。
自分を置き去りにした世界を見て、同じ感情を繰り返し燃やしてた。
同じ焔に焼かれたんだ」
辛さは比べるべくもない。
だが、彼は俺だ。
同じ状況に置かれれば、俺だってああなったはずだ。
「そうだったんだな、海未」
「そうだよ、佳助さん。頑張って、終わらせよう」
海未の声は震えていた。そう。当然だ。これから海未の『肉体』を殺しに行くのだから。
海未の右手を、俺の右手、左手で順に包む。
「俺は大人で君は子供だ。
俺が君を守るのは当然なんだ。
俺が、死ぬまで、君の死を背負うよ」
膝を付いて誓う。合わせた両手は、まるで祈るかのように。
こわばった小さな手は、熱を取り戻していった。
「なにそれ、馬鹿みたい」
雨上がりの夕陽のように、海未は笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます