第7話 7年前、とある事件ー3(終)

 野郎二匹、モールを歩く。家電量販店ではしゃぐ後輩を、珍妙かつ金のかからない趣味だと思いながら眺める。

「良いのがあるのか?」

「いえ、特には。

 市場感覚を養うんですよ。マジョリティ向けがどういう性能と価格帯なのか、どういう売り方をしているのか、そういうのを見るのが楽しいんです」

「なんだ、偏屈ぶってるくせにミーハーじゃないか」

「む......元々ひねてるつもりはないですが、ミーハーなのは否定しません。

 誰だってそういうところあるんじゃないですか?」

 例えば先輩は武道家ですけど、武道オタクとも言えますよ?と付け加える後輩。オタクだと!?

「柔道と空手と剣道までは職業柄分かりますし、レスリングもまあイメージ通りですけど、居合と弓道の段位まで持ってるのは正直引きます」

「体の遣い方、戦術、精神性、共通項があるのを発見するのがたまらんのだ!

 静の武道は勝敗を求めるものではないからこそ、動の武道の在り方を見つめ直せるんだよ」

「勝敗を競う武道でも、手の内の美しさはありますね。」

 手の内とは、文字通りの手の握りという意味があるが、後輩が言うのは攻め手の流れのことだろう。

 高い身体能力でこそ成り立つ技というのは美しくはありますが競技としての美しさですよ、と後輩は口を尖らせる。

「武道はちびっこからご老体まで対等な相手として扱うのが礼法にも表れています。

 相互の修練が武道の特徴じゃないですか?」

「老人剣士みたいなこと言うのな。なんて言っておいて、俺もそう思う。

 剛能ごうよじゅうを断つと言うが、そんなことをしたら弱くなるだけだ。

 相手のフィールドで技を受けて応じて上回る。

 それが俺にとっての動の武道の理想だ」

好々爺こうこうや剣士なのは先輩の方じゃないですかー」

 一瞬で俺の言葉が返ってきた。会話のキャッチボールというよりはバッティングで投手直撃か。

 腹の底から笑うしかない。

 ただ、俺と違ってこいつの剣は常にまっすぐ、素直に獲りに行く剣だ。

 俺は拳を交えれば、剣を合わせれば、それ以前に礼に立ち姿、歩き方ひとつとっても相手の性質が分かる。

 こと武道においては、こいつは素直で俺は老獪ろうかいなのだろう。

 後輩も釣られて笑う。女が3つで姦しいと書くが、男二匹ではもはや公害だ。

 笑いをなんとか抑えつつ周囲に目を配る。幸いにも店員すらいない区画のようだ。

 俺の様子に気づいた後輩も咳ばらいをする。

「いや、すみません、僕は笑い上戸なんですよ」

 笑い声という騒音が消え、周囲の音の解像度が増す。駄々っ子の声が聞こえた。

 ちょっと行ってきますね、と後輩が言い、歩いていく。あいつはこういう親切するタイプだったか?どっちかといえば俺じゃないか?



 壁にもたれて携帯電話を眺めるふりをしながら遠巻きに眺める限りでは、父親と小学生の姉弟がクレーンゲームで苦戦しているところへ加勢に行ったようだ。

 ......と思えば、店員を呼んでいる。

 店員が景品の位置を調整した後、女の子が操作を、父親と男の子が筐体の側面に立ってプレイ開始するようだ。3回目のチャレンジで目当ての品を掴んだらしく、歓声があがる。姉弟は景品の小さな箱を手にはしゃぎ、父親は諸手で後輩の右手をぶんぶんと縦に振っている。

 おや、三人に軽く会釈をして後輩が戻ってきた。お手柄は褒めてやらねば。

「意外にやるじゃないか。結構勇気要るだろ、こういうの」

「あの三人、明らかに不慣れでしたからね。掴み損ねて倒してしまった景品は店員に位置を直してもらうものなんですが、それを知らなかったようでしてね」

「それだけじゃないだろう?」

「先輩も気付きましたか。父親はビジネスマン風のスーツ、子供は制服姿の小学生、これは不自然です。」

 む、そうなのか。良いところの家庭だなと思っていたのだが。

「そうだな、続けてくれ」

「あれは別居中の父親が学校帰りの二人と接触している、辺りでしょうね。会話をしてみた感触でも、父親の挙動は不自然でした。

 話しかけたときの警戒を顕わにしたリアクション、呼吸は浅く速い。

 そのくせに、僕と会話を交わすうちに一気に気を緩めるような...」

 これはまずい。そう思って件の父子に目をやると、父親が子供たちを抱きしめていた。父親は涙を流している。

 異常だ。だが、この後輩がいなければ気づくこともなかった些細な異物。

 

 

 その瞬間、覚悟した。

 全身の皮膚が、筋肉が、危険を知らせる。

 死の匂いだ。

 この場にいる5人、全ては助かるまい。特にあの3人は。

 俺だけなら助かるかもしれん。

 だが、一番情報を持っているのは後輩だ。

 考え込んでいる後輩の小足を払って叫ぶ。

「頼んだぜ!斉藤佳助さいとうけいすけ!」

 

 

 教科書通りの受け身を取った佳助は、俺に右手を伸ばす。

 馬鹿野郎。伏せてりゃ良かったのによ。



 悪いな、千里ちさと。俺は思ってたより弱かった。

 お前は俺より強い。そう思ったから一緒に居たんだ。

 だから、あの世で会うのは数十年後かな。



 少年の体から光が一条、また一条と放たれる。

 触れるものを焼き尽くす光線は束になって周囲を塗りつぶす。

 


 どうやら、俺は正解を選んだようだ。

 この非常識を解き明かせ。佳助。


 


「辞表は確かに受理した。

 半年考えてたんだろう?止めても無駄なのは分かっているが、こちらの心配は分かるな?」

「はい。

 将来の展望はあります。

 この腕では以前と同じ仕事はこなせませんが、それでも法律と捜査の知識はあります。

 手当金を元手に探偵をやります。知り合いに弁護士がいまして、滑り出しくらいは助けてもらう約束です」

「そうか。

 うちの人間の『個人的な』依頼もお前に流そう。

 前を向いて頑張れよ」

「はい。短い間ですが、お世話になりました」



 僕は、いや、俺は、探偵になった。

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